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2006年9月25日 (月)

週末の授業。

 週末は教育学の授業。
 とりあえずまずは、21日の東京地裁判決について。政治的な話題を含むので、話しづらいのではありますが、でも、これだけ大きく報道されているのだから、触れないわけにはいかないでしょう。
 東京都が卒業式や入学式等で日の丸に向かって起立し、君が代の斉唱を強要するのは違憲違法だとして都立学校の教職員らがその義務がないことの確認を求めた訴訟で、東京地裁の判決が出されました。東京地裁は、原告の全面勝訴、「通達は不当な強制に当たり、憲法が認める思想・良心の自由を侵し、教育基本法にも違反する」と。もちろん都は控訴する方針です。
 日の丸・君が代をめぐる裁判で、憲法19条が保障する思想・良心の自由の侵害を明確に認めた判決は初めてです。教職員側が敗訴する判決がこれまで出されているので、今回の判決には、正直、驚きました。今、こういう判決が出されるなんて。また、教育基本法10条が禁じている「不当な支配」の中に教育委員会が含まれることにも。確かに、立法当初は、「不当な支配」の中に文部省も含まれると当時の国会で答弁されていたと思いますが、その後、いろいろと変わってきたので。
 もちろん東京都は、控訴する方針。判決の翌日に臨時の校長会を開いて、通達通り指導をすることを強調しています。
 ここまでやって東京都は、何をしたいと思っているのでしょうか? 「子どもたちの規律を取り戻すために、ある種の統一行動は必要。その一つが国歌、国旗に対する敬意だ」と石原都知事は指摘しています。日の丸・君が代への敬意で、子どもたちの規律は取り戻せるのでしょうか。そんなに簡単にいくのでしょうかねえ?
 それに、国歌や国旗への敬意というのは、「強制」して「処分」するような形で涵養されていくものなのでしょうか? 自分が敬意を払っているものに対しては、誰だって自然に頭を垂れるのではないでしょうか。処分が怖くて、強制されているから頭を垂れるのではないと思います。逆に、 「自分に敬意を払え」と叫ぶような人には、敬意は生まれないと思うのです。自分に敬意が払われない場合、強制によって敬意を払わせるような人には敬意は生まれません。なぜ自分には敬意が払われないのかを深く反省する人、そして、自分とは価値の異なる人の存在を受容できる人に敬意は払われるのではないでしょうか。
 どこかで見たヴォルテールの言葉。
 「あなたが言っていることに、わたしはまるで同意しませんが、それを言うあなたの権利のためには、体を張ってでも戦います」
 オルテガも、そんなようなことを言っていましたよね。

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