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2008年10月

2008年10月28日 (火)

教育系レポート作成例;学習指導要領について。

 ちょっと古い版なのですが、学習指導要領についてのレポート作成例です。

出題:学習指導要領について説明し、現行の学習指導要領について論じなさい。

 学習指導要領は、小・中・高校の一般的な教育内容・指導方法、各教科の内容組織について各学年の配分、単元や事項の配列を指示したものである。これによって学校の教育計画がたてられ、教科書が編纂される。学習指導要領は文部科学省が定めると規定されている。
 1947年3月、従来の教授要目と国定教科書教師用書にかえ、文部省により、アメリカのコース・オブ・スタディなどを参考として作成された。1947年版においては、学習指導要領はあくまで「試案」であった。それは、戦前の教育の画一的傾向を反省し、「こんどはむしろ下の方からみんなの力で、いろいろと、作りあげて行くよう」にするためつくられたものであった。したがって学習指導要領の基準とは大体の範囲を示し、教師の良識と社会的同意にもとづいて解釈されるのが当然であると思われる。「試案」というのは暫定的という意味ではなく、随時改訂されるばかりでなく、教育現場における教師の自主的計画を重視するという意味を含んでいたといえよう。しかし、1955年の高校指導要領改訂の際、「試案」の2字が削除され、58年改訂以降は官報に告示され、教科書編集の基準としての拘束力が強化された。
 その後学習指導要領は、ほぼ10年ごとに改訂され、最近の改訂は、小・中学校が98年12月、高校と盲・聾・養護学校が99年3月であり、2002年4月から小・中学校で実施されている。この改訂では、完全学校週五日制を実施し、各学校がゆとりの中で特色ある教育を展開すること、子どもたちに学習指導要領に示す基礎的・基本的な内容を確実に身につけさせるとともに、自ら学び自ら考える力などの「生きる力」をはぐくむことが目指されている。そのための主な改革点としては、子どもの主体的な学びを実現するための「総合的な学習の時間」の創設、授業時数の縮減、教育内容の厳選(三割削減)、中学校と高等学校における選択学習の幅拡大、絶対評価の重視などがあげられる。
また、近年文部科学省は、学習指導要領の位置づけを、各学校において教育課程を編成し、実施する上での「最低基準」としての性格があると新たな見解を表明した。これにより、理解の進んでいる子どもは発展的な学習で力をより伸ばすとされ、教科書の検定基準も変更された。学習指導要領の内容の改訂にとどまらず、位置づけそのものが変わったことは、特記すべき事項であると思われる。
(994字)

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2008年10月26日 (日)

教育系レポート作成例;教師論・今後の教員養成にとって重要だと思われることについて。

 教育系レポートの作成例です。今回の出題は、テキストが示されていて、該当の章の全体を要約した上で、「今後の教員養成にとってもっとも重要だと思われることを」論じることになっています。要約をしなければならないという制約があるため、私としては書ききれなかったなあ、という気分がしないわけでもないのですが(汗)、掲載しておきます。皆様、ご批判をお寄せいただければ。

出題:今後の教員養成にとって最も重要だと思われることを1つ取り出して、その重要性を論じなさい。

 多岐にわたる深刻な教育問題が多発する中で、教育実践の担い手である教師の資質能力の向上が求められている。この期待に応えるため、文部大臣から「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」の諮問を受けた教育職員養成審議会によって、3次にわたる一連の「答申」が提出されている。
 第1次答申(「新たな時代に向けた教員養成の改善方策について」)では、教員に求められる資質能力を検討し、期待される「教師像」が明らかにされている。続く第2次答申(「修士課程を積極的に活用した教員養成の在り方について」)では、第1次答申で求められた教員の資質能力を一層高め、得意分野づくりと個性の伸長を促進して、高度な実践的指導力を有する質の高い教員の確保のための方策が提言されている。そして第3次答申(「養成と採用・研修との連携の円滑化について」)では、「求める教員像」といった教師像をめぐって積極的な表現がなされている。
 それでは、これからの教師に求められる資質能力とは何か。答申では、「得意分野を持つ個性豊かな教員」「現場の課題に適切に対応できる力量ある教員」が求められる教員像として掲げられている。このような教員像を目指して、教員養成や現職教員の研修において様々な取り組みがなされている。
 教員養成に関わっては、学部の教員養成課程の再編が進められていることがあげられよう。また、大学院修士課程の活用も目指されている。伝統的に日本の大学はアカデミズムが根強く、高度専門職業人養成のための体系的なカリキュラムが編成されていないという問題が残されているものの、積極的に改革を行う大学も現れている。また、06年7月には「教職専門職大学院」の創設が中央教育審議会によって提言されており、今後ますます、修士課程段階での教員養成が重要となってくるものと思われる。こうして、明治以来の聖職、戦後教職員組合主導の労働者的教師を経て今日では、専門職的教師像が定着してきている。
 では、専門職としての教師はどのような教師像なのであろうか。どのような専門職的教師像が目指されているかということは、今後の教員養成にとって最も重要だと私は考える。教師像という目標の内実によって、教員養成に関わる実践の内実が変わってくると思われるからである。専門職像の一つのイメージとして本稿では、D.ショーンの「反省的実践家」としての教師像に注目しておきたい。
 ショーンによれば、従来の専門職モデルは、「技術的合理性」モデルであった。このモデルによれば、「専門家の活動は、科学的な理論と技術を厳密に適用する具体的な問題解決」(ショーン2001:19)にあるという。したがって、専門性の基礎は専門領域の科学的な知識と技術の成熟度に置かれる。教師の場合、教科内容の専門的知識と教育学や心理学の科学的な原理や技術が専門的力量として求められることになる。
 しかし、このような科学的で合理的な技術の実践への適用という考え方に基づく専門職概念ではなく、「行為の中の省察」を中心的な概念とする「反省的実践家」という専門職像をショーンは提起している。教育の現場で考えるならば、教室や学校という場は、複雑な文脈の場である。そこでは、一人ひとりの子どもに即した問題解決が求められるのであり、ショーンがいうような「省察」と「熟考」によって問題をとらえ、その解決策を選択して判断することが、教師の専門性としてきわめて重要だと思われる。
 このような教師像は、専門職としての教師を確立する上で、一つの指針となるのではないだろうか。その上で、教員養成のあり方を具体的に考えていくことが必要なのではないだろうか。(1500字;文献含まず)

引用・参考文献
ショーン(佐藤学・秋田喜代美訳)、2001『専門家の知恵――反省的実践家は行為しながら考える』ゆみる出版

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教育系レポート作成例;教職の意義と教師の役割・教師像(東井義雄編)

 教育系レポートの作成例です。

出題:テキストから任意の人物をとりあげ、その人物について更に調べて、テキストでは説明・言及されていない面を中心に、この教師像の特徴について説明しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで説明・言及されていない面というのが出題の条件ですから、やや、マニアックな内容になっています。

*取り上げる人物:東井義雄
 東井は生活綴方教師である。『村を育てる学力』が彼の戦後の代表作であるには違いないが、戦前にも、兵庫県豊岡小学校での実践をまとめて、『学童の臣民感覚』という著作を著している。東井のこの著作は、1944年に単行本として刊行されている。
 戦時下という時代状況下で刊行された著作であるから、当然、戦争を批判するような内容を記述することはできない。かといって、カモフラージュで戦争協力をしたことを綴ったものでもない。東井は戦後、当時のことを、「努力しても努力しても戦いになじめず、戦争祈願の神社参拝に参らされても、どうしてもかしわ手がうてなかった私が、遂にかしわ手をうつようになったのは、子どものいのちの中に、本然に民族のいのちの流れを感じるようになったからだ」(東井1959)と表している。始めは抵抗をしていた戦争に対して、東井は、子どもたちの日常感覚から、理屈や思想以前の「臣民感覚」とでもいうべきものを感じ、そこから「本気」の戦争協力をしていく。
 1945年8月15日、東井は自刃をしようと思ったがそれもできず、自らの戦争協力に対する責任を感じ、教育に関する発言を行わないでいた。しかし、12年の沈黙を破って1957年に出版されたのが『村を育てる学力』である。
 東井の戦争協力について、どのように考えたらよいのだろうか。現代の感覚・尺度をもってして、東井の戦争協力を批判することはたやすい。現にそのようにして東井批判をする者もいると聞く。
 しかし私は、そのように黒白をはっきりつけるような論理で東井を評価することになじめない。
 東井の転向をどう評価するかは、とても私には手が負えないテーマではある。が、ただ、今回、東井について調べて思うのは、『学童の臣民感覚』においても、『村を育てる学力』においても、東井は、現実の子どもから出発しようとしていたことである。そして、その時代時代において、子どもと共にあるために、ぎりぎりの選択をしたのではないだろうか。
 そう考えると、単純に東井を戦争協力者として切り捨てることはできない。そしてまた、このようなぎりぎりの、また、矛盾を抱えた選択をもせざるを得ない教育の現場の困難と緊張を感じる。東井は、あまりにも正直に、子どもたちの生活現実と時代に向かっていった教師だったのではないだろうか。(955字;文献含まず)

引用・参考文献
 坂元忠芳、1981「子どもとともに生きる教育実践」国土社
 東井義雄、1944『学童の臣民感覚』日本放送出版協会
 ――、1957『村を育てる学力』明治図書
 ――、1959「私の「いのち」の思想について」国土社、4月号
 原芳男・中内敏夫、1962「教育者の転向――東井義雄」、思想の科学研究会編『共同研究:転向 下』平凡社

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2008年10月24日 (金)

教育系レポート作成例;教育心理学・ピアジェの発達段階論について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:ピアジェの認知能力を思考の発達段階として、具体例をあげて説明しなさい。

 ピアジェによると、思考の発達は生得的に規定されるものでもなく、経験によって獲得されるだけのものでもない。思考の発達は、子どもが環境にはたらきかけ、また環境から働きかけられるという相互交渉を通して行われるという考え方をとる。すなわち子どもは、すでにもっている知識の枠組み(シェマ)に、新しい情報や経験を取り込んでその中で理解しようとする(同化)のだが、そのシェマの中で理解できないときにはシェマの枠組みそのものを変える(調節)という、同化と調節を繰り返すことで発達するとした。
 ピアジェによれば、ヒトの思考は、生まれてから14、5歳までに5段階の質的変化を見せるという。それらを順に見ていこう。
① 感覚運動的思考段階(0~2歳)
この段階は、本当の思考に入る前段階と考えられ、象徴・記号・言語を必要としない、使いこなせない段階のことである。感覚器と運動能力との協応を使って、外部環境を認知して、新しい場面に合った行動をしていく段階のことである。例えば乳児は、何でも口に運んでしまう。それは、口唇で得られる情報が、他のどこよりも多いからである。このように、なめる、触る、見るといった感覚器官を通じて外界を知るのである。
② 前操作的思考段階(2~4歳)
この時期は、1)象徴的思考段階と、2)直観的思考段階とに分けられる。
1) 象徴的思考段階
 乳児は、母親が見えなくなると泣き出してしまう。これは、単に寂しいといった感情なのではなく、母親がこの世からいなくなってしまったと思ってしまうからである。しかし、象徴的思考段階に入ると、目の前にいないものを思い浮かべることができるようになる。具体的な物だけでなく、その代わりとなる象徴・記号・言葉などが使えるようになってくる思考であり、記憶・推理が可能になることから、ままごと遊びができるようになる。
2) 直観的思考段階(4~6、7歳)
 知覚の影響、見た感じ・聞こえた感じ・触った感じなど、によって思考がコントロールされる時期である。思考が直観(見た目)によって左右され、その背後にある本質まで考えが及ばない時期である。例えば、ピアジェが行った「液量保存の実験」では、コップの液量について、同じコップに同じ量の液体が入っていれば、確かに同じ量だと分かるのであるが、細いコップに移すと子どもは混乱してしまい、液体の高さが高くなったのだから量も増えたに違いないといったように、目立つ変化に目を奪われてしまうのである。形は変わっても量は変わらないといった「保存」の概念がまだ成立していないのである。また他にもピアジェは、「対応の実験」「空間理解の実験」等を行い、幼児期の直観的思考は、すべてが自分の知覚に影響されていること、自分の立場でしか物事が判断できないという「自己中心的な思考」になっていることを示している。
③ 具体的操作段階(6、7~11、12歳)
この段階では、先ほどの例でいえば、見た目は変わっても水の量は買わないことがわかるようになり、保存の概念が獲得される。すなわち、具体的事物の助けがあれば、直観(見た目)に左右されずに、ものを把握できるようになる。保存概念ができあがる年齢は種類によって異なり、物質量の保存の成立が最も早く(8歳)、重さの保存が続き(9歳)、体積の保存の成立が最も遅い(11歳)とされている。
④ 形式的操作段階(11、12~14、15歳)
これまで述べてきたように、児童期までの知的操作は、認知や記憶が中心で、思考は具体物をとおしての因果関係は初歩的論理の体系の理解にとどまっていた。しかし、形式的操作段階に至ると、具体世界から自由になって抽象概念を操作し、可能性の世界に対しても論理を適用し、思考できるようになる。この段階においては、①頭の中で2つ以上のカテゴリー(命題、変数、条件など)を同時に扱う、②将来おきるであろう変化をとらえ、その結果を論理的に予測する、③行為の結果を思い描いて現在とるべき行動を選択する、④一連の事柄の論理的可否や一貫性を把握する、といったことができるようになる。このような知的操作の発達は、抽象的思考を可能にするだけでなく、思考と動機、意欲を結びつけて行動できるような原動力となっていく。
以上、ピアジェの認知能力を思考の発達段階として捉え、概説した。

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2008年10月23日 (木)

教育系レポート作成例;教育社会学・いじめ問題と教師・生徒について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:「いじめ問題と教師・生徒」について考察しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで言及されている図表からのデータは、自明のこととして使用しています。

*指定テキスト
 苅谷剛彦・濱名陽子・木村涼子・酒井朗編、2000『教育の社会学――<常識>の問い方、見直し方』有斐閣アルマ

 最近また、中学生がいじめを理由に自殺した。心が痛む出来事である。いじめについては、日本固有の出来事として語られることが多いが、必ずしもそうではない。
 ある調査によれば、例えばノルウェーの場合、小学校2年生男子で17.5%をピークに、学年が上昇するにつれてその割合は減少するものの、10%前後が「いじめられている」との報告がある。この数字は、日本の1学級に換算すると1学級の中で3~4人がいじめられているということであり、少ない数字だとは思われない。また、オーストラリアの8歳男子の場合には、37%がいじめられているとの報告もある。
 日本のいじめに関しては、文部科学省の統計がある。いじめ発生率は小学校で0.07%、中学校でも0.27%でとの試算もあり、ノルウェーやオーストラリアと比較すると、きわめて低い数字となっている。
 日本はこんなにいじめの少ない国だったのだろうか。これは実感とはきわめてかけはなれた数字ではないだろうか。
 そこで、別の調査を検討してみる。東京都生活文化局の調査によれば、「友だちからいじめられたことがある」と応えた小学生・中学生は全体の36%であったという。この数字は、先の文部省調査とは大きく異なるものであり、また、ノルウェーやオーストラリアの調査を大方超える数字である。
 ではなぜ、日本のいじめ調査では、0.07%と36%といった大きな数字の違いが出てしまったのだろうか。それは、調査方法の違いによる要因が極めて大きいと思われる。
 文部省調査の場合、このデータのものである「生徒指導上の諸問題の現状について」という調査は、教師が把握したいじめを市町村・都道府県教育委員会を通じて文部科学省に報告するという悉皆調査である。このような調査方法によっていじめが把握されていくためには、いくつかのハードルがある。
 まず第一に、教師がいじめの事実を認識できるのか、という点である。そもそもいじめは、教師に見えるように行われるものではない。一件の教師が把握したいじめの背後には、その数倍ものいじめの事実があると言ってよかろう。
 また、教師がいじめを把握した場合でも、それをこのような調査に厳密に全部を報告するか、という問題も残る。そもそも、いじめを定義すること自体が難しく、このような調査に報告するレベルのいじめであるのか、それとも単なるふざけ、からかいとみなすのか、この判断は主観的なものとならざるを得ない。
 そして、これはもちろんあってはならないことではあるのだが、これだけ教師を評価し、不適格教員が話題になっている今日において、自分の学級でいじめがあったと報告することは、自らの評価を下げることになることから、それを隠蔽しようとする教師の心理が働くおそれもあるのではないだろうか。
 このような理由から、教師の把握したいじめを、教育委員会を通じてカウントするという文部省統計では、子どものいじめの事実を、より現実に近いかたちで把握することはきわめて難しいと思われる。
 その点、東京都生活文化局の調査は、いじめの事実を子どもたちに聞いているという点で文部省統計とは大きく異なる。教師がいじめとは認識していないようなことでも、当事者であるその子にとっては、いじめとして体験されていることも少なくないからだ。
 いじめは、他者からいじめと認定されるような事実でもって把握されるようなことではない。他者がいじめと認定しなくても、その子がいじめられたと感じているのであれば、いじめとして教師はそれを捉え、解決していくために努力をしなければならない。
 いじめのような子どもの内面に関わることであればこそ、丁寧に子どもの声を聞いていくことが重要であると思われる。(1534字)

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2008年10月22日 (水)

教育系レポート作成例:西洋教育史・ペスタロッチ

 レポートというか、用語説明レベルのものではありますが、レポートの作成例を掲載します。教師論との関わりで書いています。

* ペスタロッチ
 ペスタロッチは「民衆教育の父」と言われている。彼の生涯については、彼の墓碑に端的に要約されている。「ノイホーフにおいては貧民の救済者、「リーンハルトとゲルトルート」においては民衆の伝道者、シュタンツにおいては孤児の父、ブルクドルフとミュンヘンブフゼーにおいては新しい民衆学校の創設者。イフェルテンにおいては人類の教育者。人間、キリスト者、市民。すべてを人のためにし、自分のためにはなにものをも。かれの名に恵みあれ」。おのれを捨てて、他の人、特に民衆の教育にささげられた一生であった。
 ペスタロッチは、『隠者の夕暮』の冒頭において、「玉座の上にあっても木の葉の屋根の蔭に住まっても同じ人間、その本質から見た人間、そも彼は何であるか」と問いかけ、また教育目的については、「人間本性の内的諸力を純粋な人間的真理に向上させることが陶冶の、また最下層の人間の陶冶の一般的目的である」と述べている。
 そして、『リーンハルトとゲルトルート』では、無学な主婦がいかにその家庭や村を立て直したかが描かれている。ペスタロッチは、教育による社会改革、民衆の救済を目指していた教師だと思われる。

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2008年10月21日 (火)

教育系レポート作成例;発達社会学・現代日本における親子関係の特徴。

出題:発達社会学的視点から現代日本における親子関係の特徴を述べなさい。

 発達社会学は、諸個人の発達について社会学的に研究を行うものである。個人の発達については心理学的な手法を用いた研究が圧倒的に多いが、発達社会学においては、社会構造や社会規範、文化的あるいは歴史的な諸次元が発達にとっていかに重要かという視点をもって研究を行う。個人の発達は、社会のなかで起こるということを前提とするものである。
 このように個人の発達を社会の中で起こるということに注目する概念の一つが、<社会化(socialization)>である。社会化とは、個人が社会的な状況のなかで、他者との相互作用を介して、価値や行動のパターンを学習する過程である。
 親子関係と発達社会学の関係でいえば、生涯にわたる親子関係のそれぞれの段階において、子どもと親双方の価値観と行動パターンは、どのような社会的過程を経て、どのように変化していくのか、こうした過程と変化を規定する社会的要因は何か、親子間の関係自体が、それぞれの段階でどのような様相を呈し、どう変化していくのか、それらを規定する社会的要因は何か、といったことを探究することが発達社会学の課題とされる。親子関係の具体的な様相を追求するのではなく、それを規定している社会構造や社会規範、社会の変化に注目して、親子関係の様相を成立させている社会的要因を探ろうとするのが発達社会学の視点から捉えた親子関係である。
 では、このような発達社会学の次元から現代日本における親子関係を捉えてみるならば、どのように見えるのだろうか。
 近年、家族は大きく変化している。それは当然、親子関係にも変容をもたらす。その典型的な例は、マルティプル・ペアレンティングの喪失である。近年の親子関係は、母親のみに養育役割が集中するというケースが多い。
 前近代社会の養育環境では、マルティプル・ペアレンティングが実現していた。例えば祖父母やオジ・オバ、地域コミュニティ等によって、子どもは複合的なソーシャライザーによって社会化されていた。したがって、母親の社会化責任も相対化されていた。
 これに対して、近代産業社会では、核家族化、父親の職場への長時間の拘束、親族ネットワークの拡散、地域コミュニティの弛緩といった状況のなかで、子どもの社会化は母親が独占的に担わざるを得ない状況になっている。前近代社会のような複合的な養育構造から、ほぼ全面的に母親が背負うという単純な構造に移行していったのである。
 このような単純な育児構造の中で、専業主婦としての母親の関心やエネルギーが、少ない子どもに注がれていく。過干渉や過保護といった親子関係である。また、全面的に母親が育児を背負うことから、母親の育児不安も増加している。単純な育児構造においては、母親と子どもの関係をサポートしたり、補完・相対化したりする社会的な仕組みが脆弱である。その結果、様々な問題が生じている。例えば、子ども虐待の増加の背景には、このような育児構造の変化があると思われる。
 したがって、今日、新たな養育構造への変化が求められている。それは、母親と子どもといった単純な養育構造ではなく、複合的な養育構造である。母親のみでは担うことが不可能な養育機能を、父親を含む家族全体や地域社会とも連携していくようなこと、そして、子育てのネットワークを形成していき、多くの養育担当者が子どもの周りに存在する、という養育構造である。
 性別役割分業が疑問視され、女性の生き方が変化しつつある今日、子どもの養育を母親が独占するといった親子関係・養育構造ではなく、養育関係が分担されていくような新たな親子関係・養育構造の構築が求められている。(1496字)

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教育系レポート作成例;発達社会学・子ども虐待の社会的背景について。

出題:子ども虐待の社会的背景を説明し、解決策を具体的に提示しなさい。

 近年、子ども虐待の増加が懸念されている。全国の児童相談所が受けた虐待に関する相談・通告の件数は、統計を取り始めた1990年度の1001件から、2005年度には34297件に増加している。もちろんこれは、あくまで児童相談所に相談・通告があった件数で、それは氷山の一角にすぎず、実際の発生件数はこれをはるかに上回るものだと思われる。
 では、このような子ども虐待にはどのような背景があるのだろうか。衝撃的な虐待の事実が知らされるたびに、その母(父)親自身に原因があり、彼女(彼)らを批判する声が高まる。しかし、子ども虐待は、決して個人的な要因に帰着させることはできない。社会的な背景に目を向ける必要がある。
 現代は、特に母親が子育てに専念することができるケースが多く、一見、育児が困難な時代だとは思われない。しかし、現代ほど、子育てが危機的な時代もそれほど多くはない。
 戦前から戦後初期の段階では、日本の農村共同体はまだ健全であった。親たちは、仕事で忙しかったものの、地域には、子どもたちの異年齢集団が存在し、子ども集団の中で子どもたちは育つことができた。
 しかし、1960年代に入り、高度経済成長期を迎えると、農村共同体は崩壊した。農村では欠かせない労働力だった女性たちも、農村共同体の崩壊で「失業」し、専業主婦となり、子育てに専念するようになった。
 父親は仕事をし、母親は子育てに専念するという性別役割分業が徹底する中で、母親は子育てを行った。「専念」であるからには、子育ての失敗は許されない。そのことが子育て場面において母親を追い詰めていく。
 しかし、このような農村共同体の崩壊や性別役割分業の確立にのみ子ども虐待の社会的背景を求めるのでは、やや不十分なように思われる。もしそうだとしたら、90年代後半以降の子ども虐待の急増を説明できないからだ。
 90年代後半以降の社会の変化として、圧倒的に「中流意識」が強かった社会から、「勝ち組」「負け組」「二極化」といった階層分化が広まったことがあげられる。貧富の差が拡大し、非正規雇用といった不安定就労が増加している。このような生活の背景の変化の中で、日々の生活に追われる家族が急増している。社会で生き残るために大人たちは必死に競争する。このような競争原理の強まりの中で、大人たちが孤立し、地域社会は分断し、家族も子育てにおいて孤立していく。そもそも子育ては、今日のような構成員が少ない家族で背負いきれるような営みではない。それにも関わらず、特に母親に子育ての負担が集中するため、そのことが母親自身を追い詰めていくことになっているのではないだろうか。
 子ども虐待をする親自身が、大きな不安を抱えて生きている。親自身の生活が危機を迎えたときに、それが引き金となって、家族の中の最も弱い存在である子どもに暴力が向けられる。それが子ども虐待の社会的背景なのである。
 このような背景を考慮すると、子ども虐待の解決策としては、長期的には、親自身が安定した生活を送れるよう、現代のような過度の競争社会、階層分化を押しとどめていく必要がある。そして、孤立した親・家族をつないでいくことが求められる。
具体的には、地域社会で、親の生活を支え、子育てを間において親や家族がつながっていくような場づくりが必要なのではないだろうか。現在、保育所などで行われている「子育て支援」の取り組みや、地域子育て支援センターの設置は非常に重要だと思われる。このような場を通じて、親の不安が受け止められ、子育ての悩みを共有する過程で、子育てを共同で行うという意識が高まっていくことによって、子ども虐待を少しでも減らすことができるのではないだろうか。(1526字)


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2008年10月20日 (月)

教育系レポート作成例;課題文型(大田堯)

 昨晩、ブログを書いていたのですが、なぜか途中でデータが消えてしまった(涙)。PCがフリーズしてしまったんです。ああ……。

 気を取り直して、課題文型のレポートを書いてみましたので、掲載します。
 今回、課題文で取り上げた大田堯は私の大好きな研究者の一人。教育学を学ぶ方、教師を目指す方にはぜひとも触れてほしい方の一人です。

出題:次の文章を読んで、子どもの発達と大人の関わりについてあなたの見解を述べなさいい。

 実際、考えてみると現在の子ども・青年はあまりにも大人たちからあてにされなさすぎます。彼らは失業者です。ごく幼いころからそうなのです。なめるように可愛がられ、保護されるということはあっても、あてにされていないのです。保護の対象ではあっても、目的をもった主体としてあつかわれていないのです。(中略)
 あてにされるほどひとを“やる気”にするものはありません。そうすることが、大人世代が子ども・青年を内面から尊重することなのです。貧しく、ときに虐待もされましたが、かつての子ども・青年は、ある意味で早くから大人からあてにされて発達したことはたしかだと思います。小学生でも水汲みから牛の鼻とりまで、いろいろなことで大人にあてにされる仕事があり、任務がありました。
 自治とは、相互にあてにし、あてにされる関係の中での人間の創造的活動とでもいうべきでしょうか。私たち大人世代の立場でいえば、子ども・青年を庇護し、保護するだけでなく、思いきって彼らをあてにし、彼ら自身が目的を持ち、試練に耐えながら、責任ある任務分担を果たしてもらうという関係をつくり出すことです。彼らの自治を大胆に期待するということです。
(出所:大田堯、1983『教育とは何かを問いつづけて』)


【解答例】
 真剣な意味で「あて」にされることによって、自分が持っている以上の力を発揮し、成長の契機にしていくということは、私自身の経験とも重なるものだ。「あて」にすることの教育的効果をねらって、それ程「あて」にしていないにもかかわらず、「あて」にしているような「演出」は、子どもは直感的に見抜いてしまう。本気で子どもを「あて」にすること、そこに子どもの発達の重要な契機がひそんでいるように思うし、その意味で筆者の主張に私は全面的に共感する。
 保育園の保育士から、このような話を聞いたことがある。保育園で年長の子どもたちは、最上級生として年下の子どもたちの面倒を見るし、行事などでもリーダーシップを取って大活躍する。しかし、小学校に入学したとたん、何もできない1年生として、面倒を見てもらうだけの存在になってしまう。あの子たちは、いろいろなことができたのに、と。
 保育園で見せた年長の子どもたちのこの活躍こそ、子どもを「あて」にすることによってなされた発達ではなかろうか。保護の対象としてのみ大人が子どもに関わることによって、子どもの発達の契機を奪ってしまうこともあるのではないか。
 子どもの発達のために大人がなすべきことは、直接的に教えるということだけではない。一歩ひいて、子どもに任せることによって発達を保障することができる場面があるのではないか。それは、放任とは異なる。子どもを「あて」にする場面が減少している今日だからこそ、大人と子どもの関係性を問い直していく必要があるのではないかと私は考える。


【解説】
 まず、子どもの発達と大人の関わりについて述べる際、出題文に言及しながら見解を述べることが重要である。テーマが独自に展開されていたとしても、出題文との関わりが読みとれないものでは、出題の意図が理解されていないと判断されてしまう。また、出題文をなぞるだけのような解答も避けたい。出題文の筆者の考えと自分の考えを区分けしていくことが大切である。
 出題文の大田の「あて」にするという子ども・青年との関係性認識は、子ども・青年を生活者として捉えるという大田の子ども観が反映しているものと思われる。子ども観をめぐっては、近代以降、何度も議論されている。他の子ども観についても学習しておきたい。
 なお、出題文である大田堯の『教育とは何かを問いつづけて』は、教育を考える上で是非読んでおきたい。

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2008年10月18日 (土)

教育系レポート作成例;教育心理学・エリクソンの発達段階論について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:エリクソンの理論からパーソナリティがどのような影響で形成されるかを論じなさい。

 エリクソンは、フロイトの精神分析学を基礎としながら、自我発達には文化、社会的要因、すなわち対人関係や社会的義務などが大きく関与すると考えた。そして、従来の精神分析学が幼児期から思春期までの発達を重視し、とくに幼児期がその後の人生を決定すると仮定するのに対して、人生全体を生活周期(ライフサイクル)ととらえ、生まれてから死ぬまでが発達の過程であると考えた。
 エリクソンは、人間の生涯を8つの段階に分け、それぞれの段階に克服すべき「心理社会的危機」があると仮定した。この危機とは、次の段階に移行するか、その段階で停滞するか、あるいは横道にそれてしまうという分岐点の意味で用いられている。人は、身体的成熟とともに必ずすべての発達段階を進んでいくが、前の段階での失敗や成功は次の段階の達成に大きな影響を及ぼすと考えられている。つまり、それぞれの発達段階に重要な心理社会的成長のきっかけが潜んでいて、それをどのように克服するかがその人のパーソナリティを形成するという仮説である。以下、それぞれの発達段階毎に、パーソナリティがどのような影響で形成されるかについてみていこう。
①乳児期(0~1歳頃):「基本的信頼」対「不信」
 乳児は、養育者からの授乳などの行動を通じて身体的・精神的安定を得る。母親が子どもの要求に適切に応じ、一貫した養育をすれば、乳児は母親を通じて自分及び外界との信頼性を形成する。そうではない場合は自分や外界への不信感を形成することになる。
②幼児期前期(1~3歳頃):「自立」対「劣等感・恥」
 幼児はこの時期、養育者から排泄のしつけを受ける。幼児はこのしつけによって、自ら排泄を規制して自立すること、自分をコントロールすることを学ぶ。しかし、しつけが厳しすぎると劣等感や恥を経験することになる。
③幼児期後期(3~6歳頃):「積極性」対「罪悪感」
 この時期には、自分の欲求と周囲の規律という両方の力をコントロールする力を身につける。規律を守ると同時に、その範囲内で自分の要求を表現し、主体的に行動することが求められる(自発性)。これに失敗し規律を乱してしまう子どもは罪の意識を感じることになる。
④児童期(6~11歳頃):「勤勉性」対「劣等感」
 この時期に児童は、学校で勉強し、対人関係の技術を身につけ、様々なことに取り組むことで有能観を実感し、自分の能力を信頼して自己確信にいたる。これらのことができないと劣等感が生まれる。
⑤ 青年期(11歳頃以降):「自我同一性」対「同一性拡散」
 エリクソンはこの時期を、「自分とは何か」という問いへの答えを見つける時期であるとした。これが「自我同一性(ego-identity)」である。自我同一性は、以下のような特徴を持つ。
1)これこそは過去から現在、そして将来も変わらない一貫した自分らしさであると思えるものである。
2)その自分らしさを、自分の周りの他者からも同じように認められて位置づけられている。
3)そのようなことが頭で理解しているのではなく、自己確信として感じられ意識されている。
青年期はこの自我同一性を形成するために、社会的義務や責任を最小限にして、様々な経験をすることを認められた猶予期間であるとされ「心理・社会的モラトリアム」と呼ばれた。この自我同一性がうまくいかなかった場合には、「自分がバラバラに感じられる」「自分が何であるのかわからなくなってしまった」という状態の「同一性拡散」になる。
 エリクソンは、青年期以降の発達課題として、成人初期(20~30歳頃)は、青年期に形成した自我同一性を見失うことなく、他の人の同一性を認め、親密で永続的な関係を継続する時期(「親密性」対「孤立」)、壮年期(30~60歳頃)は自分の子どもを育て、次の世代へと引き継ぐものを生産することに関心を向ける時期(「生殖」対「沈黙」)、老年期(65歳以上)は今までの自分を統合し、次の世代の人を育てる時期(「統合性」対「絶望」)とした。
 以上みてきたように、それぞれの発達段階毎に子どもが獲得すべき発達課題が存在している。これらにどう対応するかによって、パーソナリティが形成されていく。基本的信頼や自律性、自発性、勤勉性が獲得できるか否かといった点は、パーソナリティ形成において分かれ目となることである。その際に、保護者や周りの大人が適切な対応ができるかといった点に影響を受ける。発達段階毎に獲得課題を明確にして、働きかけをする必要があることを保育者や保護者は強く認識すべきである。

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2008年10月16日 (木)

教育系レポート作成例;教育社会学・「学歴社会」の変貌について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:「「学歴社会」の変貌」について考察しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストではマイケル・ヤングの『メリトクラシー』が紹介されていますので、それを踏まえて考察することが求められます。また、テキストで紹介されている図表からのデータは、自明のこととして使用しています。

*指定テキスト
 苅谷剛彦・濱名陽子・木村涼子・酒井朗編、2000『教育の社会学――<常識>の問い方、見直し方』有斐閣アルマ

 マイケル・ヤングの『メリトクラシーの興隆』は、より高いメリット(能力)を持った人々がより高い地位につくというメリトクラシー(メリットによる支配)が貫徹した社会を描いた空想社会科学小説である。このメリトクラシーが完成した社会の特徴として、以下のような点があげられる。
 まずメリトクラシーが実現した社会は、メリットによる不平等を皆が認めた社会である。メリットがある人は優遇され、メリットが無い人はそうではない。そのことが不平等とされない社会である。
 次にメリトクラシーが実現した社会は、上層階級と下層階級といった階級と、各人のメリットが一致した社会である。下層階級の出身であっても能力がある人は上層階級に移動することができるため、各人の所属する階級とメリットが一致する社会となっていく。
 このような社会は、一見理想的なように見えるかもしれない。能力があってもそれに見合う地位に到達できない、待遇を得られないといった非合理的なことが排除されているからである。
 しかし、本当にそうなのだろうか。そもそも、このような社会で人間を測定する基準として採用されたメリットは、万人に開かれたものなのであろうか。
 ヤングは、遺伝が強く出るであろうと思われる幼少期や学校卒業時だけではなく、成人した後もテストを受けることによって別の職業に就くことを可能とする仕組みを準備している。このような制度が設けられることによって、チャンスは誰にでも、いつでも開かれているという意味では、「平等」な制度と言えるのかもしれない。
 しかし、メリットは、その人が育つ環境からの影響を免れない。ブルデューらの文化的再生産論者たちは、出身階層と学業達成との相関関係を指摘している。特定の出身階層に遺伝的にメリットが高い(低い)層が集中するということは考えづらいため、生育後の家庭環境が、メリットの獲得において影響を及ぼしているのではないかと思われる。
 家庭環境による違いは、獲得したメリットの量に留まるものではない。親の学歴よって子どもたちの学校外での学習時間の差に大きな開きがあるという調査結果もある。ある調査によれば、子育てにより積極的に関わると思われる母親の学歴を見た場合、1979年段階で中学校卒の母親の子どもは86.5分、大学卒の母親の子どもは123.2分と約1.5倍の開きがあった。97年調査ではこの差は拡大し、中学校卒では27.4分、大学卒では106.3分と4倍近い差が出ている。これだけ学校外での学習時間に差があるのであれば、子どもたちの学力に格差が生じるのは当然である。
 このような学力をメリットとしてとらえるのであれば、メリットの獲得の度合いは、家庭環境によって差が生まれるのは自明のことである。そうなった場合、子どもには選択権のない家庭環境によって到達する地位や処遇が決定されるというメリトクラシーが貫徹した社会が平等であるとは到底思われない。
 確かにこの小説はあくまでフィクションである。人間のメリットは多様であり、それらを測定しきることが可能だとは思えない。また、例え測定できたとしても、異なるメリットをランク付けすることは可能なのだろうか。重さと時間を比較することができないように、異なる基準で測定されたメリットを比較することはできない。
 異なる基準で生きる人々がいるからこそ、社会の複数性が維持され、それだけ豊かで、強い社会が維持できるのだと私は考える。それゆえに、先に述べた環境の差によって引き起こされる不平等が解消されたとしても、単一の基準に向かうメリトクラシーが貫徹した社会は、単一の価値しか維持できない、つまらない、そして弱い社会にしかならないのではないかと私には思えてならない。(1538字)

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2008年10月13日 (月)

児童保健学;新生児の可愛らしさについて。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:新生児の可愛らしさは、どのように発展するのか?

 小さな子ども、特に1歳前後の赤ちゃんは本当に可愛い。新生児や2歳、3歳の子ももちろん可愛いのだが、1歳前後の可愛さは、格別だ。また、人間の赤ちゃんも可愛いが、動物の赤ちゃんも同じように可愛い。
 このような子どもの姿形の特徴を動物生態学者のコンラッド・ローレンツは、ベビーシェマ(ベビースキーム)と名付けた。その特徴は、「ふっくらとした頬」「黒く輝く瞳」「紅く目立つ唇」「突き出した顔(おでこ)」「顔全体が自己であることを強調する」ような姿形である。大きな頭で丸い頬、目と目の間が離れて目鼻立ちが低い位置にある顔。そして、丸くてずんぐりした体型。このような特徴である。そして、このような特徴は、人間に限らず、動物の赤ちゃんにも共通しているとローレンツは述べている。
 このベビーシェマを見たほとんどの人々の反応は、「この弱き者を助けたい」という「保護本能」のようなものだという。これは、ローレンツによれば、「生まれつき備わったもの(生得的解発機構)」だという。この説によれば、赤ちゃんを見て可愛いと思うのは、人間が生得的に持っている反応だということになる。
 では、このような赤ちゃんの可愛らしさの年齢による違いはあるのだろうか。早稲田大学の根ヶ山光一によると、生後0~2ヶ月から生後24~29ヶ月の乳幼児の写真を用意し、どの月齢の子がかわいいと思うかを「子どもを持つ母親」と「女子学生」に判定してもらうという実験を行った結果、どちらのグループも「1歳前後の赤ちゃん」が一番可愛いという答えが多かったという。逆に、生まれたばかりの新生児は、最もポイントが低かった。
 では、なぜ1歳前後の赤ちゃんが最も可愛いのだろうか。ベビーシェマが、「大人による庇護を喚起」するものであれば、生まれた直後が最も可愛いということになろうはずだが、体験的にも、1歳前後に可愛さが集中しているように思われる。
 中央大学の山口真美によれば、「自立的な活動が始まり 赤ちゃんの事故が増加する時期。そこで見た目のかわいらしさで親の保護を促すからではないか」という。ほとんど目を離せないように動き回り1歳前後に、可愛さが最大になることで、いたずらをして大人からの庇護を受け損ないそうな場面を、可愛さで回避しているのであろう。
 赤ちゃんは確かに可愛い。しかしその可愛さも、新生児のときと1歳前後とでは質が異なり、可愛らしさが発展しているのである。

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2008年10月12日 (日)

教育系レポート作成例;養護原理・施設養護における保育士の役割について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:施設養護における保育士の役割について「施設養護の基本原理」を用いて論じなさい。

 施設養護の基本原理は、「人間性の回復と形成」、「処遇の個別化」、「集団生活の活用」、「親子関係の調整」、「積極的な社会参加」の5つの原理から構成されている。これらのうち、「人間性の回復と形成の原理」は、中心的な位置を占めるものである。以下、各原理毎に、保育士の役割について述べていく。
施設養護の対象となる児童の多くは、家庭や社会環境のなかで、それぞれの発達段階や個性に応じた適切な養護がなされず、心身の発達やパーソナリティ形成において困難を抱えている。そのために、施設の入所時に、なんらかの発達のゆがみを示すことが多い。しかしこれらは、児童の側に問題があるというより、むしろ、児童はその人間性やパーソナリティの発達を阻害された存在である。このような児童にとって、人間性の回復が最重要課題である。そこで、児童擁護にかかわる保育士には、①児童の損なわれている人間性を本来のあるべき姿に回復させること、②児童が本来持っている成長発達の可能性を最大限に引き出すこと、③望ましい人間性を積極的に形成していく、が重要な課題であると認識して、児童の養護にあたる必要がある。そのためには、児童の発達のニーズや発達を理解して、援助を進めていくことが必要である。
施設養護の基本原理の第二は、「処遇の個別化」である。児童はそれぞれにパーソナリティを持ち、様々なニーズを持った存在である。このことから児童一人ひとりの個性やニーズに応じた個別的な処遇が求められる。その実践のためには、一人ひとりの児童の背景を考慮した個別的理解と、それにもとづいた一人ひとりの児童へのかかわり方が重要である。保育士と児童との間には親密で継続的な人間関係の配慮が必要であり、個別的な人間関係の形成を工夫しなければならない。
第三の基本原理は、「集団生活の活用」である。施設は家庭生活を補完し、代替する機能を持っている。しかし、施設は家庭とまったく同じように児童を養護することはできない。施設養護を積極的に活用するためには、施設には、施設独自の家庭にはない養護実践の可能性を追求する必要がある。施設の持つ集団生活の効果的活用がその一つである。集団生活の活用の原理を実践していく場合でも、処遇の個別化の原則を優先させ、それぞれの児童の諸状況に合わせて臨機応変に対応していくことが保育士には求められる。
第四の基本原理は、「親子関係の調整」である。施設養護の最終的な目標は、児童の家庭復帰にある。しかし、児童の施設入所理由の多くが、家庭における親との人間関係の阻害や不適切にある。そのため、児童の復帰する家庭に内在する問題、とくに保護者と児童との関係・調整への対応をすることが保育士には求められる。
第五の基本原理は、「積極的な社会参加」である。入所児童はやがて、家庭や社会に復帰する。保育士は、児童が社会生活に積極的に参加する能力を高めるために、処遇過程にそのためのプログラムを導入することが必要である。できるだけ地域社会との接触・連携を密にして、児童の社会復帰能力を高めることが重要であり、そのために保育士が働きかける必要がある。
以上、施設養護の基本原理に沿って保育士の果たす役割について述べてきた。保育士は、児童指導員と並んで、児童と日々の暮らしを共にしながら直接ケアを担い、児童の権利保障に取り組んでいる者である。だが、その仕事が日常的な生活場面で行われることから、これまで専門的実践として評価されることは少なかった。しかし、一回きりの子どもとの生活場面で全体として子どもをつかんで働きかけるという実践は、ショーンの「反省的実践」、マーネンの「教育学的思慮深さ」と重なり、極めて専門的な実践であると私は考える。

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2008年10月11日 (土)

教育系レポート作成例;養護原理・施設養護について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:施設養護の特質と機能について、「ノーマライゼーション」と「ホスピタリズム」の2語を含めて論じなさい。

 施設養護は、社会養護の中核をなすものであり、児童福祉施設などの場で行われている。施設は、その種類と形態に応じて、児童養護の上で家庭を支援し、補完し、代替する役割を果たすものである。施設養護には以下のような特質や機能があげられる。
 まず第一に、施設養護の集団(施設集団)は、人為的、意図的に形成された機能集団であるということである。これは、血縁関係にもとづき自然発生的に形成された基礎集団である家族集団とは大きく異なるものである。第二に、施設のもつ複合的な人間関係があげられる。施設は職員と児童との人間関係を中心とするフォーマル集団であるが、その内部には、児童集団、職員集団等、複合的な人間関係がはりめぐらされている。第三に、施設の集団は公共性を持つという特徴がある。各種の施設は公立であれ私立であれ、公共的な性格を持ち、安定性と永続性とを保持することが必要である。また施設には、地域社会からの遊離性や他者を寄せつけない排他性がある。施設内で児童の生活が充足可能なために、外部社会との関係が遮断されやすいという危険性がある。
 このような特質と機能をもつ施設であるが、今日では、家庭機能やそれを補完する地域社会の機能・役割が縮小化・弱体化していく傾向にあることから、また、深刻な子ども虐待の増加といった今日的な福祉の課題から、その必要性が強調されている。
 しかし、施設養護が抱える課題も少なくなく、「ノーマライゼーション」という思想の浸透や、「ホスピタリズム」の指摘から、様々な考え方が提起されている。
 ノーマライゼーションは、1950年代、デンマークの知的障害児対策の取り組みの中から生まれた思想で、障害者を特別視せずに基本的に通常の人間として受け入れ、当たり前の生活を送ることができる社会こそ、ノーマルな社会であるとするものである。その後、英米においてノーマライゼーションの原理の具体化が進められ、大規模で劣悪な環境や人権無視の処遇から脱する施設の改革、コミュニティ・ケアの中核となるグループホームの推進等の実践が進められた。
 このようなノーマライゼーションの原理と深く結びついて議論されたのが「脱施設化」である。脱施設化とは、コミュニティ・ケアを発展させて、施設から地域社会に入所者を漸次帰すことを目指すものである。施設養護の方向性が、徐々にノーマライゼーションのなかに位置づけられてきていることから、「開かれた施設」「施設の社会化」が強調されてきており、施設の閉鎖性、隔離性、プライバシーの侵害、発達阻害などをもたらしている状況から脱することが目指されている。
 施設養護に関する論議の中で、もう一つ盛んに議論が行われているのが「ホスピタリズム」をめぐるものである。
ホスピタリズムは、「施設症」「施設癖」等と訳され、「病院や施設に母親あるいは母親代理者から分離されて収容された結果、子どもが受ける心理的、人格的、身体的悪影響のすべて」を意味する。施設入所児童にホスピタリズムの傾向が見られるという指摘から、従来の入所型施設養護のあり方が批判的に検討されてきたのである。
ノーマライゼーションの思想やホスピタリズムからの指摘は、施設養護の課題を示すものである。しかし、施設養護の方法を、例えばホスピタリズムを回避するために、家庭養護のスタイルに近づけようとしても、そこには限界がある。それよりも、家庭養護では得ることのできない施設養護独自の機能を構築して、施設養護を向上させることが必要なのではないだろうか。このような考え方にたって、施設養護の科学化・体系化が進められることが求められる。(1489字)

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2008年10月10日 (金)

保育内容;幼稚園教育要領の健康保育内容について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:幼稚園教育要領が求めている健康保育内容について考察せよ。

 幼稚園教育要領において、領域「健康」は、「健康な心と体を育て、自ら健康で安全な生活を作りだす力を養う」と示されている。そして領域のねらいとしては、①明るく伸び伸びと行動し、充実感を味わう、②自分の体を十分に動かし、進んで運動しようとする、③健康、安全な生活に必要な習慣や態度を身に付ける、とされている。また内容としては、①先生や友達と触れ合い、安定感をもって行動する、②いろいろな遊びの中で十分に体を動かす、③進んで戸外で遊ぶ、④様々な活動に親しみ、楽しんで取り組む、⑤健康な生活のリズムを身につける、⑥身の回りを清潔にし、衣服の着脱、食事、排泄など生活に必要な活動を自分でする、⑦幼稚園における生活の仕方を知り、自分たちで生活の場を整える、⑧自分の健康に関心をもち、病気の予防などに必要な活動を進んで行う、⑨危険な場所、危険な遊び方、災害時などの行動の仕方が分かり、安全に気をつけて行動する、といったことが、「ねらい」を達成するために幼児が身につけていくことが望まれる事柄として挙げられている。これらから人間形成の基礎、健康な心と身体を育てるということ、すなわち、生きる力の基礎を育成するための内容に重点が置かれていることが共通して読み取れる。
 しかし、幼児の育ちの現場では、必ずしも健康保育内容が重視されているとは言い難い。幼児をめぐる今日的な状況の中では、幼児の健康や身体をめぐっての教育実践は、もっと重視されてもいいのではないだろうか。
 その理由は、現代、幼児が置かれている環境にある。幼児をめぐる様々なショッキングなデータがある。
 例えば、内容の⑤の「生活リズム」に関わる調査であれば、2歳児の半分近くで、就寝時刻が10時を過ぎているというデータがある。最近、夜の居酒屋でお子様向けメニューがあることが珍しくなくなった。母親に連れられて居酒屋で夕食を取り、夜遅くまでそこで過ごす幼児も珍しくない。このような子どもの育て方は、「ネグレクト予備軍」とも言われ、幼児の育ちを考える上で深刻な問題だと思われる。基本的な生活習慣を身につけることが、日常的な家庭の場だけでは難しくなっているケースが少なくないのだ。
 また、幼児の戸外での遊びについても多くの危惧が示されている。
 テレビやコンピュータゲームの浸透により、子どもたちが外で遊ばなくなったことが指摘されて久しい。その結果、子どもたちの自然体験が大幅に減少し(例えば、夕焼けを見たこと、降ってくるような星の夜空を見たことが無い子どもたちもいる)、体力・運動能力の低下も指摘されている。また、戸外の遊びの中で自然に身につくであろうと思われる生活技術についても、そのような形での習得は難しく、意図的計画的な指導が求められるのが現実である。
 子どもたちの身体をめぐる現実からは早急に求められる戸外での遊びであるが、先にあげた子どもの嗜好の変化によるものだけでなく、更に他の要因も加わり、より一層困難な状況に追い込まれている。それは、近年問題とされている、治安との関わりである。子どもだけで戸外遊びをさせることが難しくなってきているのだ。
 このような幼児を取り巻く今日的な状況のもとでは、地域での幼児の育ちの困難が山積みとなっている。しかし、それを嘆いているだけでは、今の子どもたちの教育実践には間に合わない。例え擬似的で、大人の指導性が強く発揮されたものであったとしても、喫緊の課題である幼児の身体づくりの観点からすれば、幼児教育の現場で、積極的に健康保育内容の領域に取り組んでいくことが重要だと思われる。

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2008年10月 9日 (木)

教育系レポート作成例;教育課程論・「教育課程」について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:教育関係法規のなかの「教育課程」について説明し、教育課程の基準が設定されている理由について論じてください。

 「教育課程」とは、教育関係の法律に規定されている用語であり、「学校教育の目的を達成するために、教育の内容を児童・生徒の発達に応じて、授業時間数との関連において総合的に組織した学校の指導計画である」と定義することができる。教育の目的は教育基本法第1条に、学校教育の目的は学校教育法第17条に規定されている。これの実現を目指して教育する計画が教育課程である。江戸時代の寺子屋のような私塾では、師匠が独自のカリキュラムを考案し、教授していたが、近代の学校制度が機能していくためには、そのような個人的なカリキュラムではなく、教育課程が組み込まれる必要がある。すなわち、組織としての学校が、目的実現のために機能するのに不可欠な教育計画が教育課程であるといえよう。
 では、学校の組織が成立するためになぜ教育課程が必要なのだろうか。
 その第一の理由は、「基準の管理」という点である。教育課程では、学校教育で設置する教科の種類、活動と行事、年間時間数、学年配当等、教育計画の外枠を、すべての学校に示し共通の量と質の教育を供給できるようにしている。現代の学校制度においては、学校の卒業は基本的にある基礎資格を授与することであり、それに値する教育実践が行われているか、基準が必要なのである。
 もう一つの理由は、学習指導にかかわるものである。個々の学校独自の教育実践が、教育課程によって展開されるので、教育課程は、そのシナリオの役目を果たすことになる。日々の教育実践は、明示されている基準に従って、いかなる内容を織り込むか、各学校によって独自に考案されるものである。ゆえに、基準の管理というよりは、ひとつの軸として基準が設定されているという側面がある。
 では、具体的に「教育課程」は、教育関係法規の中でどのように記されているのだろうか。
 1945年以前の日本の教育は、教育勅語によって規定され、勅令主義をとっていた。しかし、1945年以降は法律主義に転換し、教育基本法を根本法として、民主主義の手続きを経て決められた法律によって規定されることになった。教育課程の編成については、憲法、教育基本法、学校教育法、学校教育法施行規則に法的根拠をもつことになる。
 憲法第26条では教育を受ける権利が規定されている。この規定を受けて教育基本法は、教育の目的、方針、機会均等の基本原則について規定している。学校教育法はそれを受けて具体的な教育活動を実施する際の法的よりどころとなる、より具体的な事項を各学校段階別に目的、目標、修業年限、教科等にわたって規定している。「教育課程の編成」は学校教育法施行規則第24条によって規定されている。
 教育課程をめぐって最も重要なことは、教育課程の基準に関してどう解釈するか、ということである。学校教育法第25条第1項では、教育課程の基準として文部大臣が別に公示する学習指導要領によるものとされている。したがって、実際の学校現場において教育課程の編成作業がおこなわれる際には学習指導要領がその基準となることが求められる。ここで基準とは、それを下回ることがあってはならないという規制であり、この意味において学習指導要領は法的拘束力をもつものと解釈されている。
 このような法的拘束力をもつ学習指導要領を基準にして編成された教育計画に、その学校のおかれた地域社会の条件を加味しながら特色ある教育実践が行われていくことになる。このような基準によって、全国に共通な教育の量と質が供給される基盤がつくられることになり、その点で重要な意味を持つものである。

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2008年10月 8日 (水)

児童保健学;赤ん坊の人見知りについて。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:赤ん坊はなぜ人見知りをするのでしょう。大脳の発達から考察してください。

 子どもは、生後6ヶ月頃から「人見知り」を始める。人見知りとは、子どもが知らない人に示す不安反応で、知らない人を見たときに、遊びを止めたり、その人をじっと見たり、母親に抱きついたりといった行動を取る。見知らぬ人が近づくと泣いてしまうこともある。人見知りは、個人差が著しく、激しい人見知りをする子もいれば、そうでない子もいる。その程度の差は、その月齢までの親との関係・接触状況などと関係があると言われている。8ヶ月頃にピークを示し、12~15ヶ月の間に次第に消えていく。
 人見知りは、新生児には見られない。つまり、人見知りをするということは、これは自分の世話をしてくれる人・身近な人と、そうでない人との区別がつくまでに、大脳が発達したということを示しているものである。
 ただし、この時期の「見慣れていないもの」に対する認識は、まだまだ曖昧である側面を否定できない。同じ人物であっても、髪型を変えたといったような場合に、見覚えがないとして人見知りをすることも珍しくない。けれども、視覚的には「知らない人」と認識したとしても、聞き覚えのある声を聞いて、戸惑いながらも「いつもと同じ人」であることを理解していく。このように、外見が変わってもいつもと同じ人であることを認識し、次第にいつもと同じ人物であっても外見が変わることがある、というように認識するようになる。認識の仕方が、単純な視覚に限定された形から、広がりを見せることになる。このような経験を重ねて、感覚的にではあるが、「いつもと同じ人」が異なった外見であっても「いつもと同じ人」であることを認識できるようになる。このような認知の仕方は、いつも世話をしてくれる人だけでなく、あらゆるものに対してできるようになっていく。同じものでも様々に多様に変化するが、その変化したものからそのものの変わらない部分を認識できるように大脳が発達したことが重要なのである。それゆえに、新生児には人見知りは起こらないのである。
 人見知りは、もう一方では、いつも世話をしてくれる人の区別がつくという認知的な側面のみならず、いつも世話をしてくれる人との情緒的な結びつきが形成されつつあるという点でも重要である。この点でも、人見知りは乳幼児にとって、大切な発達過程なのである。人見知りを子どもがするということは、自分の世話をしてくれる人と「愛着・信頼関係」が成立しつつあるということである。

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2008年10月 7日 (火)

通信制大学のレポートをお書きの皆さんへ。

 実は、アジールのブログでは、皆さんがどういうルートからこのブログに入ってこられたかがわかる「アクセス解析」の機能があります。私のようにコンピュータに疎い人間には、この機能を使いこなすような能力は無いのですが、とりあえず、サーチエンジンを使ってアジールブログにたどりついた方々が、どのようなワードを検索されているかはわかります。
 それを見ていて思うのは、年末年始、お正月休みの期間に入って、「通信」「レポート」「幼稚園教育要領」「いじめ」「教師論」といったワードの増加です。通信制大学で勉強されている皆さんが、レポートの課題を書こうとして苦労されているのかな、と推察します。年末年始の時間があるときに、レポートを書こうと、ということでしょうか。
 皆さんがレポートを書かれるときに、私の書いたレポートが参考になるとうれしいです。必ずしもすべてが、完璧なレポートというわけではありませんが、レポートが書けるようになるためには、多くのレポート、文章を読むことが大切なことかな、と思います。たくさん読む中で、レポートってこう書くんだ、文章ってこう書くんだ、ということがわかっていってもらえたら、と思います。
 本を読むことももちろん勉強になりますが、やはり、自分の言葉で文章を書きながら、得た知識を整理していくことは、本当に力になる学習の方法です。
 皆さんが一歩一歩、学習を深めていかれることを願っています。
 なかなか書けないなあと困っている方は、お気軽にご相談くださいね。
 Tel:042-576-4727、mailto:g-asyl@nifty.com です。

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2008年10月 4日 (土)

教育系レポート作成例;学校教育学・無限保障と限定保障について。

教育系レポート作成例;学校教育学・無限保障と限定保障について。

 教育系レポートの作成例です。

出題:学校教育における無限保障と限定保障について論考せよ。

 学校教育を考える際にその果たすべき役割をどのようなものとして捉えるべきであろうか。すなわち、学校は子どもの教育にどこまで責任を持つべきか、という問題である。
 伝統的に日本の学校は、学校に限りない責任を求める、すなわち、無限保障の立場に立っているように思われる。子どもが学校外で起こした事件であっても、学校長が記者会見を行う。加害者の保護者がマスコミに登場することは稀である。このように、学校外で起こした事件、教科の教育外のことであっても、学校の責任が問われることは珍しくない。
 学校の責任が肥大化しすぎた弊害から、学校教育の縮小を提起する構想も無いわけではない。臨時教育審議会が提起した学校の“肥大化”問題や経済同友会の“合校”構想がその代表的なものである。
 しかし、これらの政策提言において、学校が適正に受けもつ部分を明確にしようという努力は認められるものの、学校の機能を無限保障の論理に立って考えているのか、限定保障の論理に立って考えているのか、必ずしも明確ではない。学校の責任が肥大化したから学校の機能分担を縮小すべきだと限定保障の論理が強調される一方で、同時に、現場で理想的な教師として語られる像は無限保障の論理に立つということも生じている。このような、限定保障と無限保障がご都合主義的に用いられているような現状では、学校の役割は恣意的に定められてしまう危険性がある。
 実在の学校が持っている条件(人的・物的・財政的・組織運営的条件)は、現実には限られたものである。すべてが理想的に整っている学校など、存在しない。そのような現実の条件の中で、理想の学校像を基準において、そことの距離で現実の学校を測定し、批判するということは、無限保障的な感覚で学校を捉えることである。無限保障的に学校の役割を志向することは必ずしも無意味ということではないが、無責任主義につながる点も否定できない。限られた条件の中で無限の責任を背負うことは実現不可能であるにもかかわらず、それを可能と表明することだからである。
 それでは、限定保障の立場に立つことでそれは解消できるのであろうか。学校・家庭・地域の機能分担を考えることは、限定保障の論理に合致するものであり、これは、従来の機能分担論の典型である。しかし、このような議論は、「それは学校(家庭)の責任だ」と責任を押し付けあうことになりやすい。責任を回避する構造を必然的にはらんでいるのである。このように守備範囲を分担するような限定保障であっては、一人の子どもの発達にとって必要な教育・生活体験が統合的に把握されず、ばらばらに切断された状態で与えられることになり、子どもにとって有効なものとはなりにくい。
 そこで、子どもにとっての教育・生活体験を統合的に把握しつつも、学校の役割を限定的に捉える統合的機能分担論の立場が有効となる。この統合的機能分担論では、基本的には教育機能のすべての領域について、各領域の一部を学校が受け持つ、ということが目指される。例えば、教育機能の総体を、知育、徳育、体育の三領域に分けるとするならば、この三領域のすべてについて、その一部分を学校が分担するということである。知育は学校、徳育は家庭、といったように、領域毎に学校・家庭・地域の機能を分担することではない。
 これまで政策提言されてきた学校のスリム化論や“合校”論は、領域毎に機能の分担を行い、学校の役割を限定することを目指していたものであった。しかし、このように領域毎に機能を分担するのではなく、子どもたちに教育・生活経験を統合的に与えるためには、子どもの発達を保障していくためには、空間と時間の両面から複合論に立った統合的機能分担を目指していくべきである。(1532字)

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2008年10月 3日 (金)

教育系レポート作成例;保育内容・園外保育の効果について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:園外保育の効果は、どんなところに求められるか述べなさい。

 保育内容の領域「環境」では、幼児を取り巻く自然環境だけでなく、将来は人間社会の構成要素となるものも含めて、幼児の周囲にあって幼児の主体的活動の対象となるもの、また、彼らの生活や発達に影響を及ぼすものに網羅的に取り組んでいる。その中で、園外保育の果たしている役割、園外保育の効果について本稿では検討していく。
 幼児教育の現場では、入園式の後、自分の教室でゆっくりと時間を過ごした後、やがて園内探検が始まり、他の教室や教師の部屋等を訪問する。自分の教室といった最も身近なところから、徐々に「同心円的拡大」といったかたちで、子どもたちの環境は拡大されていく。
 日本の幼稚園教育において、園外保育は尊重されてきたし、どの幼稚園でも、園内探検の後で園外保育が行われている。園外保育では、都市部では公園に行く他、海や山に行く。また、社会施設や公共施設を利用することもある。園外保育では、ただ単に自然物と関わるだけでなく、公的なものに触れることによって、「みんなの物は大事に使わなければならない」ということを教える教育のチャンスともなっている。
 園外保育を計画しなければならない理由は、幼児に自園の自然だけでなくもっと別の自然環境にも触れさせたい、という意図があるからだけではない。幼児は、身近な環境として自然があるにも拘らず、自然に触れる機会が少ないので、自然に触れる機会を増やしたいという配慮から、実施の計画が多くなってきている。大きな自然に触れさせるための園外保育の計画を立てることが契機になって園外保育は実施されるが、それは、幼児に自然と親しませることによって教育効果を上げたいという意図に基づいている。
 また、別のタイプの園外保育として、「お泊まり保育」も実施されている。「お泊まり保育」では、日帰りの園外保育とは異なって、幼児の様子も変化する。いつもよりはしゃぐ子どももいれば、保護者と離れることで気弱になる子もいる。大喜びする子がいる一方で、不安を感じながら過ごす子もいる。「お泊まり保育」は、集団宿泊訓練となって、集団の中で過ごすことに慣らすことを目的とするケースもある。
 このように園外保育では、幼児を自然に親しませたり、集団活動を体験させたりといった様々な効果が期待されている。では、十分な効果をあげるために保育者が配慮しなければならないのはどのような点であろうか。
 まず第一に、保育者が園外保育の行き先である現地を十分に知り尽くしているということである。現地だけでなく、現地まで行く行程から、その場所の危険性や危険な区域等を知っておかなければならない。準備としては、このような安全性の確保に加えて、水のみ場やトイレの数や場所についても調べておく必要がある。また、自然に親しませることが目的の場合は特に、木や草や花の状態、その他の自然の状態をもあらかじめ調べておく必要がある。
 園外保育といった形で多人数で出かける場合、保育者はつい、活発な幼児の言動に注意が向きがちになる。それなので、保育者は多人数で一緒に出かけるだけでなく、幼児のこっそりつぶやく小声にも注意を向けて、彼らの心の動きに敏感になることが求められる。そのことによって、幼児に自然に親しませるといった園外保育の効果を、より積極的な意味であげることができるであろう。

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2008年10月 2日 (木)

教育系レポート作成例;教育基本法について。

 もう10月も終わりだというのに、なんとなく今日も、半袖で過ごしてしまいました。やっぱ、私ってヘンかなあ?? 人がいる中にいると、暑くって。
 なんとなく仕事がたまって大変ではあるのですが、やりたい仕事ばかりなので、毎日仕事ばかりしています。時間的には、まあ、忙しい日々なのではありますが、これほどストレスがない日々を過ごすのも、そうないかな、と思います。

 さて、またこりずに教育系のレポートを作成してみました。
 ところで、どうしてこんな記事を掲載しているって?
 教育学を学ぶときに、もちろん本を読むことが大切なのですが、必要な勉強は、それだけではないと思います。
 最近は、必修だということが減ってきてはいますが、私は、卒業論文を書く、ということが、教育学を学ぶ上で、とても大切だと考えています。おそらく多くの人が、一生に一回しか書かないと思われる「論文」。アカデミックな文章を書くということを、人生の中で、一回でもいいから経た人とそうでない人とには、違いがあると思うのです。
 レポートを書くということは、そのための準備運動のようなものです。

 また、これも非常に重要なことだと思っているのですが、「書く」ということの意味です。
 このことは、それこそ書き出したら、相当書かなければいけないことなので、後日に譲りますが。
 ただ、読むだけの知識ではなくて、書くことによって、知識の定着がはかられ、また、自分自身でも気づいていなかったようなことに気づくという、積極的な意味が、書くことにはあります。

 では、どうやって、教育系のレポートを書くのか。
 私も学生さんを指導していて、よく、「書き方」について問われます。
 まあ確かに、構成をどうするとか、表現をどうするとか、そういうこともあるんでしょうけれど。
 でも、一つひとつの書き方を教わるよりも、もしかしたら、結果的には早いかなあと思うのでは、いろいろなレポートを読む、ということです。
 もちろん、剽窃・盗作をするために読むのではありませんよ。
 人は、他者の言葉を語ります。全くの無から、言葉が生まれてくるのではありません。だから、他者の言葉が入っていかない限り、文章が書けるわけがありません。
 レポートが書けないという方、まずはたくさんの文章を読んでみてください。書き方がわからないのではなく、インプットされている文章の量が圧倒的に少ないのだと思いますよ。

出題:教育基本法について説明しなさい。その際、必ず改正問題について触れること。

【解答例】
 教育基本法は、アジア・太平洋戦争後の大変革の中で、1947年3月31日に制定・施行された。国家目的に従属した戦前の教育の反省に立ち、新憲法の理想を受けて、教育勅語に代わって、教育の根本を指し示すものとして制定されたもので、準憲法的性格をもつものと考えられる。同時に、それが法律という形式をとったところにも、教育が勅令の形式によるのではなく、国民の意思にもとづいて行われるべきことを示すものである。前文と11条から成る。
 民主的文化的国家の建設と平和への貢献を主旨とする憲法の精神が特に強調され、このために、「人格の完成」をめざし、「個人の尊厳」を重んじ「真理と平和を希求する」自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民を育成することが教育の目的とされている(前文、第1条)。これは、戦前の富国強兵と忠君愛国のための教育への反省に基づくものであった。この目的は、「あらゆる機会と場所」において生かされるべきこと(第2条)とされた。また第10条では、教育の自律性の尊重のために「不当な支配」が排除されるべきことがうたわれ、教育行政はその任務を教育条件の整備に限定された。
 このように戦後教育改革の中核をなすものであった教育基本法であるが、1950年代以降しばしば、教育基本法が占領下に作成され、愛国心の育成、伝統の尊重が記されていないとの批判がなされ、改正が論議されるようになった。今年までは国会に改正案が提出されなかったが、これまでも、解釈改正は行われてきていた。
 2000年代に入り、新自由主義のもとでの教育の市場化と商品化、他方でナショナリズムの復活現象という新たな状況の中で、教育基本法に関しても憲法改正論と連動して改正が議論されている。首相の私的諮問機関である教育改革国民会議によって抜本的見直しの報告書が提出され(2001年)、それを受けて中央教育審議会が教育基本法の改正を提言し(2003年)、現在(2006年)、国会に改正案が提出され、審議が行われている。そこでは愛国心教育が強調され、第10条を改正して教育行政の権限を強化することが目指されている。
 教育基本法は、占領下で成立した、耐用年数を過ぎたとの議論もなされている。しかし、教育基本法が制定された当時の理念を改めて考えてみると、改正には慎重な議論が必要だと思われる。

【解説】
 近年の教育改革の動向、国会での論議を考慮すると、これはきわめて重要な問題です。安倍政権は、教育基本法の改定を目指していますから。今国会で変わるのでしょうね、きっと。
 教育基本法は、日本国憲法第26条に示された教育を受ける権利、義務教育の無償制などを具体化している教育憲法・教育憲章ともいわれ、学校教育法、社会教育法、私立学校法などの基礎となっている、教育の根本的・基礎的法律です。
 この法律は、戦前の教育勅語を否定して、新しい教育理念を宣言したものです。民主主意的・自由主義的な憲法の理念に沿った教育目的や、教育機会の均等化などが定められています。
 戦後、各条文の解釈をめぐって論争が繰り返されてきましたが、いよいよ国会で条文の改正論議が行われています。改正に批判的な主張も様々なメディアでなされています。これらの動きをつかみ、自分なりの見解を持つようにしていただきたいと思います。

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2008年10月 1日 (水)

教育系レポート作成例;時事問題(国際化・在日外国人教育)

教育系レポート作成例;時事問題(国際化・在日外国人教育)

 教育系レポートの作成例です。

出題:今日的な新しい教育課題にどう取り組むか、1つテーマをあげて論じなさい。

 現代、様々な教育課題が山積している。その中から私は、「国際化への対応」をめぐる諸問題について検討していくことにする。国際化への対応は、グローバリゼーションが進行する現代日本において、最も逼迫した課題の一つである。学校現場もその例外ではなく、様々な国際化への対応が求められている。2006年2月に提出された「中央教育審議会初等教育分科会教育課程部会」の審議報告でも、国際化への対応の一つとして小学校での英語教育が取り上げられている。
 もちろん、このような国際化への対応も必要なことであろう。ただ、私は、テキストで書かれていた点では、「内なる国際化」の項に関心を持った。
 私は、ふとしたきっかけから在日外国人に出会い、友達になった。私の友人の多くは、日本で就労することを目的に来日したブラジル、ペルーといった南米出身者だ。現行の「出入国管理及び難民認定法」では、単純労働を目的とする日本での滞在は認められていないが、彼らは日本人の子や孫であるため、「定住者」の資格でビザが発行され、主に「派遣会社」のからの派遣で、単純労働に従事している。
 始めは働きざかりの独身者の来日が多かった。しかしその後、子どもを含む家族での来日者も増加し、また、日本での滞在が長期化するにつれて、子どもも生まれていった。その子どもたちが日本の学校に入学することになる。私の友人が住む地域は日本でも有数の日系ブラジル人集住地域であり、学校に在籍するブラジル人の子どもたちの人数も多い。1クラスに5人を越えるブラジル人が在籍しているクラスもある。このような教室の現場は、国際化の最前線だ。
 また、保育園の現場では、学校よりもさらに事態は進行しているように思われる。ブラジル人の子どもたちの両親は、もちろん日本で就労することが目的なので、両親共働きは当たり前。子どもたちは、まずは公立の保育園に入れるが、空きが無いと無認可保育所に預けるようになる。私が出会った一番ショックな例は、自宅の1室に子どもをすし詰めにするような環境で個人が行っている「託児所」だった。自分自身が出産したものの保育所に空きがなく、仕事に行けないという一人の母親が始めた保育所だった。もちろん彼女には保育士の資格もない。一日中日の当たらないアパートの一室に、子どもがひしめき合っていた。
 また、このような場面にも出くわしたことがある。ブラジル人を企業に派遣している会社の待合室にたまたま居合わせたところ、そこに学校指定のジャージを着た中学生たちがぞろぞろと入ってきた。最も子どもとは似つかわしい場所のはずであるが、彼らにはそこが慣れた場所のようだった。彼らはごく自然にサインをして、アルバイト料を受け取っていった。後で社員に尋ねると、このようなことは珍しいことではないという。彼らは取引先の企業から、急に人員の補充が要請され、頭数がそろわないと、中学生にも声をかけるという。
 現実の地域社会の国際化の中で起こっていることを友人から聞かされ、また、自分自身が実際に見聞きすることに目を疑うことが多かった。しかし、このような現実から、教育実践を始めていくしかないのではないか、と思う。
 外国人差別を無くしましょう、外国の文化を学びましょう、といった国際理解教育の実践では答えきれないような在日外国人の生活の現実があるように思う。子どもたち一人ひとりは、自らの生活の現実を背負って、学校にやってくる。その生活に立脚し、その困難な生活の現実を変えていけるような力に結びつくことが教育実践の肝要なのではないか。
 彼らの生活を少しでも改善することに役立てるような保育士に私はなりたいと思う。(1508字)


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教育系レポート作成例;教育課程論・日本教育史・大正自由教育の教育内容と方法について。

 教育系大学で出題されるレポートの作成例です。

出題:大正自由教育の教育内容と方法を説明し、それが昭和時代には勢いを失っていく理由について述べよ。

 大正自由教育は、第一次世界大戦後の民主主義的風潮がきっかけとなって、それ以前からすでに胚胎していた教育方法の自学主義的傾向が急速に拡大・発展したものである。この運動は、「新しい」人間形成の方法として、従来の画一的・機械的詰め込み主義教育や教師中心の教育を廃し、子どもの個性、自発性、創造性を尊重した教育、そのための教育改造を目指すものであった。大正期のデモクラシーの高揚と結びついて、欧米諸国の理論や実践の紹介、導入がなされ、活発化していった。
 大正自由教育の実践は、師範学校付属小学校や私立学校を中心に、ドルトン・プラン(パーカスト;成城小学校)、プロジェクト・メソッド(キルパトリック;自由学園、東京女子高等師範付属小学校)、合科教授(木下竹次)、直観教授、分団式教授(及川平治)などが試みられた。また、鈴木三重吉、北原白秋などは芸術を教育に取り入れ、子どもを自由にし、成長に役立たせようという芸術自由教育運動を展開した。こうした「新教育」運動は、「八大教育主張」によって全国的な高まりを見せた。「八大教育主張」は、会場定員2,000名のところに5,500名にのぼる申込者が殺到するというようなものであった。「八大教育主張」で展開された教育思想は、主知的詰め込み的教育、教師中心の教育を批判し、子どもの個性・活動・創造性・自主的学習などを強調し教育改造をめざす大きな潮流となっていった。
 また、この期に多くの新学校が建設されていった。成城小学校(沢柳政太郎)、自由学園(羽仁もと子)、文化学院(西村伊作)、明星学園(赤井米吉)などが創設され、子どもの自発性や自己活動を尊重する教育実践が試みられた。また、野口援太郎・下中弥三郎らは、新教育運動の拠点として「教育の世紀」社を創設し、「児童の村小学校」を設立した。この児童の村小学校は、木下竹次の生活教育を徹底させ、最もラジカルな自由主義教育を実践する学校であった。ここから、自由主義教育の限界を克服し、のちの生活綴方教育運動に取り組んだ教師たちもいる。
 このように大正自由教育は、画一的・詰め込み主義教育を鋭く批判し、子どもの個性、自発性を尊重した教育方法の改善など、かつてない教育改造への積極的試みを見せるものであった。しかし、現実に進行していた国定教科書による教育統制、国定教科書の内容批判などの社会的矛盾との対決を避けるなど、教育や、子どもをとりまく歴史的社会的背景についての認識がきわめて弱かった。また、子ども理解も抽象的となり、教育方法も技術主義的活用に陥るという限界をもっていた。こうしたことも作用し、大正自由教育運動は、比較的有産階級子弟の多い私立学校や付属学校にとどまり、一般小学校には広まらなかった。
 千葉師範付属小学校で「自由教育」の実践と主張で有名だった手塚岸衛らは、学校生活全般にわたって自由・創造・個性純化・生活即教育という徹底した教育の自由主義化を志向した。しかしその手塚は、天皇制家族国家観については、「皇室や天皇に対する国民の至誠は忠義である」というように、妥協・屈服をしていた。
 このように、大正自由教育の理論の多くが、前近代的な社会関係を色濃く残しつつ、旧教育批判を徹底できず、したがって、「日本の新学校は何々主義何々主義とかお題目は声高いが、その実を見るとほんの申訳にすぎないものが少くない」と長田新によって批判されるような弱点を持っていたことも否定できない。このような理論的な弱さが、昭和時代に入って勢いを失っていくことの一つの主要な要因ではなかろうか。

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