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2008年10月26日 (日)

教育系レポート作成例;教職の意義と教師の役割・教師像(東井義雄編)

 教育系レポートの作成例です。

出題:テキストから任意の人物をとりあげ、その人物について更に調べて、テキストでは説明・言及されていない面を中心に、この教師像の特徴について説明しなさい。

*今回の出題は、テキストが指定されているケースを想定しています。テキストで説明・言及されていない面というのが出題の条件ですから、やや、マニアックな内容になっています。

*取り上げる人物:東井義雄
 東井は生活綴方教師である。『村を育てる学力』が彼の戦後の代表作であるには違いないが、戦前にも、兵庫県豊岡小学校での実践をまとめて、『学童の臣民感覚』という著作を著している。東井のこの著作は、1944年に単行本として刊行されている。
 戦時下という時代状況下で刊行された著作であるから、当然、戦争を批判するような内容を記述することはできない。かといって、カモフラージュで戦争協力をしたことを綴ったものでもない。東井は戦後、当時のことを、「努力しても努力しても戦いになじめず、戦争祈願の神社参拝に参らされても、どうしてもかしわ手がうてなかった私が、遂にかしわ手をうつようになったのは、子どものいのちの中に、本然に民族のいのちの流れを感じるようになったからだ」(東井1959)と表している。始めは抵抗をしていた戦争に対して、東井は、子どもたちの日常感覚から、理屈や思想以前の「臣民感覚」とでもいうべきものを感じ、そこから「本気」の戦争協力をしていく。
 1945年8月15日、東井は自刃をしようと思ったがそれもできず、自らの戦争協力に対する責任を感じ、教育に関する発言を行わないでいた。しかし、12年の沈黙を破って1957年に出版されたのが『村を育てる学力』である。
 東井の戦争協力について、どのように考えたらよいのだろうか。現代の感覚・尺度をもってして、東井の戦争協力を批判することはたやすい。現にそのようにして東井批判をする者もいると聞く。
 しかし私は、そのように黒白をはっきりつけるような論理で東井を評価することになじめない。
 東井の転向をどう評価するかは、とても私には手が負えないテーマではある。が、ただ、今回、東井について調べて思うのは、『学童の臣民感覚』においても、『村を育てる学力』においても、東井は、現実の子どもから出発しようとしていたことである。そして、その時代時代において、子どもと共にあるために、ぎりぎりの選択をしたのではないだろうか。
 そう考えると、単純に東井を戦争協力者として切り捨てることはできない。そしてまた、このようなぎりぎりの、また、矛盾を抱えた選択をもせざるを得ない教育の現場の困難と緊張を感じる。東井は、あまりにも正直に、子どもたちの生活現実と時代に向かっていった教師だったのではないだろうか。(955字;文献含まず)

引用・参考文献
 坂元忠芳、1981「子どもとともに生きる教育実践」国土社
 東井義雄、1944『学童の臣民感覚』日本放送出版協会
 ――、1957『村を育てる学力』明治図書
 ――、1959「私の「いのち」の思想について」国土社、4月号
 原芳男・中内敏夫、1962「教育者の転向――東井義雄」、思想の科学研究会編『共同研究:転向 下』平凡社

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