日記・コラム・つぶやき

2007年7月22日 (日)

自分を取り戻す。

ちょこっと、凹んでいます。う~ん。言葉が出なかったのです。こんなことは、ずいぶん久しぶりです。
どうしようかなあと思いましたが、少し、環境を変えてみました。
そうしたら、少し、自分を取り戻した、というか。
私はもともと、人に合わせるのが好きな人間で、そういう意味では、本当に自分が無いなあと思っていました。
けれど、以前の知人と話していて、自分にも個性というか、自分なりの考えがあったことに気づかされました。
私にも、自分の考えって、あったんですね。

そういえば、前、個性についての文章を読んだことがあります。
近年、個性的であることが推奨される時代であることは、皆さん、ご承知のことだと思います。
そういえば、『個性を煽られる子どもたち』という岩波ブックレットがありましたよね。これはとても面白い本でしたよね、Sさん(笑)。
でも、個性って、個性的になろうと「自己主張」することによって形成されるものではないと思うのです。
一生懸命、自分の個性を消して、人や物事に合わせようとして。でも、それでも、どうしても合わせられなくて、はみ出してしまう部分、それが個性なんだ、そういう主旨のことが書いてあったように思うのです。

そういう意味で私は、一生懸命、今までの自分とは違う世界に合わせることに努力してきました。
でも、それでも、どうしてもはみ出してしまう部分があるんですよね。
ああ、これが個性なのかもしれません。

もちろんこれからも、合わせる努力はしていきます。
でもちょっとだけ、自分の声も聞こうと思うのです。
なんか、そうしないと、だめな気がするんですよ。たぶん。

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2007年7月16日 (月)

どう見られているか。

内田樹さんのブログを読んでいたら、まあ、タイムリーな話題が。ご時勢に、というわけではなくて、私の内面にタイムリーな話題でしたので、転載します。

大事なことなので、ここに大書するが、政治家の仕事の本体は「何をするか」であるよりむしろ「何をしているように見えるか」にある。
古諺に政治家の心得として「李下に冠を正さず、瓜田に沓を入れず」ということばがある。
「すももの木の下で冠を直すと『すもも泥棒』に間違えられ、瓜の畑に踏み込むと『瓜泥棒』に間違えられるから、そういうことをしてはいけません」という教えである。
すももを盗むな、瓜を盗むなと言っているのではない(そんなの当たり前である)。
そうではなくて、「盗んでいるような印象を与えるな」ということである。
政治的行動の意味はそれが他人にどう解釈されるかによって決定される。
「私はそんなつもりではなかった」という釈明が通らない、というのが政治のルールである。
安倍晋三首相は「倫理的に低く」「知的に不誠実」な人物であるという印象を少なくともフランスの左派系知識人には与えている。
それは彼が現実に倫理的にどれほど高邁で、知的にどれほど上等な人間であるかとは別の次元の問題である。
政治家は「どう見えるか」に資源を最優先に配分しなければならない。
実際には愚鈍で貪欲であっても、他人から賢明で廉潔な士とみなされるのなら、その政治家は内政にも外交にも成功するであろう。
逆であれば成功しないだろう。
単純な話である。

今の私の置かれている状況からすると、本当に納得、の一節なのです。
「私はそんなつもりではなかった」という釈明は通らないんですよね。
もちろん、内面から「賢明で廉潔」でなければならないのですが、そう見られることも大切なんですよね。
ここ数日の出来事から、痛感しています。
それにしても。
だから、「ほとんど一緒」と私は思うのですよ。

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2007年7月15日 (日)

数学と音楽。

カズヲ君のコメントで、数学と音楽ネタが広がっているので、コメントを。
そうですか。今の私から想像できないですか。
音楽は、フルートでいきたかったのですが、ピアノが間に合わないので、断念しました。
それと、正直、個人レッスンの料金に驚いて、高校生ながら、家では払えない、と思ったのです。
音大受験のレッスン料といったら、ねえ。
もちろん両親は、やらせてくれると言ったのですが(ように記憶している)、自分で無理だと思ったんですよね。
世の中、切ないものです。
でもって、その後、数学にはまったので、大学受験は、教員養成課程の数学教育専攻を受けまくりました。
さすがに、理学部数学科は無理だと思いましたから。
そんな遍歴です(笑

カズヲ君のコメントを読んでいて思ったのですが、「音楽の授業は数学だ」というのは、同感ですね。
音階、音程、コード進行。まったくその通りです。
だから、私が楽典を教えると、やたら理屈っぽくなってしまうんですよね。ははは。

でもまあ、例えば、聖徳大学の通信教育部の「音楽理論」あたりは、これぐらいでもいいのかもしれません(笑

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2007年7月14日 (土)

ご心配をおかけしました。

「寝てない」とブログに書いたら、皆様からご心配のメールが。
ごめんなさい。ご心配をおかけしました。
大丈夫です。全然体調は大丈夫です。
私の場合、寝るよりもやりたい仕事をしているわけですから、いたって気分は健康、それなので、もちろん身体の調子も悪くありません。
やっぱり、気持ちが良くないと、身体の調子が悪くなるみたいです、私の場合は。だから逆に、気分が良いと、どんなに激務でも、調子が良いものなのです。

まあ、いろいろありますが、アジールは今、ちょっとした転換期を迎えています。
たぶん、ここでがんばったら、ものすごく前進するんじゃないかな。
ただ、私自身、これから夏期講習やら何やらで、イレギュラーの激務が入るわけですから、その中で、いつものアジールの仕事よりも多くのことができるか。それがちょっと心配です。

でもたぶん、できると思うんだ。

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2007年7月12日 (木)

どうも今日は、調子が悪い。まあ、寝ていないのだから、仕方が無い。
今朝、10分だけ熟睡した。だけれど、あまりにも現実と重なる夢を見て、急に目が覚めた。
時計を見たら、眠った時から10分しか経っていなかったので、10分だけ、眠ったのだろう。
夢と現実の区別がつかなくなり、一瞬、何がなんだかわからないような錯覚に陥った。
う~ん。
今日は早く帰って、ちゃんと眠ろう。

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2007年6月19日 (火)

むかつく。

なんて、品のないタイトルをつけるのもどうかと思うのですが、なんか、本当にむかついてしまったので。

土曜日、玉川学園前で下車して、近くのお店に行ったんですよ。買い物をしに。コンビニとかスーパーとか、そんな感じのお店じゃなくて、もうちょっとランクが上という感じのお店だったんですよね。う~ん、まあ、国立だったら、紀伊国屋みたいなところかな。
そうしたら、スーツを着た奥様がいらして、何も言わず、割り込み。私の方が先に並んでいたんですよ、と申し上げても、無視。う~ん。こんなにおしゃれをして、びしっとお化粧をした奥様でしたのにねえ。

その後、小田急線に乗ると、全盲の男性が乗車。彼は、つり革につかまりながら、鞄から点字の本を出して、読んでらっしゃいました。
その前には、どーでもいいような雑誌を読んでいる若い男性が、座ったまま。
せめて、寝たふりをしようよ。
それにしても、こういうときに席を譲らないなんてこと、ありえるのでしょうかねえ。

こういう当たり前のことを書くのって、批評性はないし、どうかと思ったんですが、久々にむかついてしまいました。あまりにもむかついたので、講義でも話しちゃったし(汗
なんか、どうなってしまったんだろう。この国は。

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2007年6月11日 (月)

教え子の皆さんへ。

本当に、内田樹さんのブログはいいですね~。
「また、先生言ってるよ」と呆れている学生さんの顔が浮かんできますが、でもいいんです。好きなものは好きなんですから!
本日のエントリは、こんな感じでした。部分だけ、貼り付けます。

多田先生のそばにいると、心身四肢五臓六腑が細胞レベルから活性化してくる。
こういう感じを経験のない人に伝えるのはなかなか困難であるが、熱く細かい波動が先生から送られてくる。
これはその場にいる全員が感知してよいはずであるが、不思議なもので、あれほどはっきりした波動に触れながら、「感じない」人もやはりいる。
どういう人が感じ、どういう人が感じないのか。この区別がだんだんわかるようになってきた。
良導体の人は感じ、そうでない人は感じない。
「良導体」というのは、その波動を次のひとへできるだけ正確に「手渡す」ように受信する人のことである。
伝達するためには、あいだにはさまった自分自身の器の小ささや導体としての通りの悪さによって受けとったものを縮減したり、情報を「汚したり」しないように、とにかく透明感のある状態を維持することが必要である。
私自身について言えば、17年前、自由が丘道場を離れて関西に来てから、合気道の稽古時間は激減した。
けれども、合気道の理解は東京で集中的に稽古しているときよりもむしろ進んだ。
それは「伝えなければならない」相手ができたからである。
それまでは私自身が多田先生のメッセージの「エンド・ユーザー」であった。
先生のおっしゃることがうまく理解できなくても、それによって困るのは私一人である。
精進の不足はわが身一身の不出来で完結する。
いっそすがすがしいように聞こえるけれど、これはやはり修行の妨げになるマインドセットであったのである。
私の理解が足りないことによって、私がリレーする「次の人」が困る、という状況に立ち至ってはじめて、私はそれまでとまったく違う注意力をもって先生のお話を聴くようになった。
それまでは「これは、わかる。これはわからない」というふうに自分自身をスクリーンにして、「とりあえず、わかることからきちきちと片付けよう」というふうに稽古していた。
ところが弟子ができると、「これはわからない」と放っておくわけにはゆかない。
私には師匠がいるから、たとえ「わからない」ことでも、稽古のときに先生に言われるままに身体を動かしていれば、それなりに「何か」が身についた(はずである)。
けれども、私が「わからない」から「やらない」というスクリーニングをかけてしまうと、「それ」はもう次世代には継承されない。
弟子を持つというのは「わからないこと」でも次世代に伝えなければならないという切羽詰まったポジションに立つことである。
何しろ「よくわからないこと」を伝えるわけであるから、こちらも必死である。
自前のフレームワークに落とし込んではならない。それでは古諺にいう「寝台に合わせて足を切る」ことになる。
聴いたままを伝え、見たままの動きを再現しようとするしかない。
その状態が「良導体」というありようである。
そして、「エンドユーザー弟子」から「パッサー弟子」の立場に移行したときに、先生の送ってくる波動がいきなり「びりびり」と感じられるようになったのである。
考えてみれば当然のことである。
波動の本性は「伝播すること」である。
そこでデッドエンドであるような個体に波動を送ってもしかたがない。
先生の教えを独占しようとしていたときには伝わらなかった波動が、先生の教えを次にパスしなければと思ったときにはじめて烈しく私の身体を揺り動かし始めたのである。
「波動」ということばをつかったけれど、この「 」の中にはどんな言葉でも代入できる。
「愛」でもいい、「言葉」でもいい、「お金」でもいい。
この三つはレヴィ=ストロースが「コミュニケーションの三つのレベル」という言い方で指示したものだ。
親族、言語、経済活動。
それらの人間的諸活動はいずれも私たちに「良導体であれ」ということを指示している。
私たちが欲するものは、それを他人に与えることによってしか手に入れることができない。
人間はそのように構造化されている。
あるいは、そのように構造化されているものだけを「人間」と呼ぶのである。

いいですねえ。本当に。
私自身について言えば、大学院で教育学・社会学を学んでいるだけのときよりも、教える仕事が加わってから、学びの時間は激減しました。
けれども、教育学の理解は大学院で集中的に学習・研究しているときよりもむしろ進んだ、と思うのです。
まったく、内田さんのご指摘に共感しています。
私も、「弟子」を持って、「切羽詰ったポジション」に立たされたのです。
そういう意味では、学生諸君、皆さんが私を「人間」にしてくれたと思うのですよ。
なので、皆さんに、本当に、心の底から感謝、なのです。
ありがとう。皆さん。

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2007年6月10日 (日)

揺れてます(笑

なんか、本当に毎日忙しくて、ブログも書けていません。っていうか、いろんな仕事の中から、ブログの優先度を落としているんですよね、私が。う~ん、少し上げなくちゃ。
今日もなんだかんだいって、まだ自宅に戻れていません。今日こそは、帰りたいのだけれど……。
そう。なんか、突然書きたくなったのは、今アジール、めちゃくちゃ揺れてるんですよ。
アジールは線路沿いにあります。これって、メリット・デメリットの両方があるんですが、まあ、そういう立地なのです。
でもって、今、中央線は、高架工事の真っ最中。結構毎晩、工事をされているようなんですが。
今日はかなり激しいです。建物ががたがた揺れてます・・・
早く仕事を終わらせて、自宅に帰りたい!

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2007年5月 8日 (火)

夢の実現。

それにしても、内田樹さんのブログは、タイムリーだと思います。私にとって!
今日のブログで私に響いたのは、「夢の実現」についての部分でした。

夢は細部が具体的になればなるほど実現可能性が高まる。
そういうものである。
夢の実現にはこれこれの金額の金が必要であるというので、頭の中に「数字」を思い浮かべ、数字の増減だけにつねづね思念を集中していると、金はたまるかもしれないが、「夢」は実現されない。
夢はしばしば思いがけない「バイパス」を通って実現されるからである。
夢のことだけを考えていれば、決して「バイパス」の入り口を見逃すことはない。でも、金のことだけ考えていると、それを見逃してしまう。
幸福というのは「幸福に至る経路」をたどること自体がすでに幸福の実現であるように構造化されている。
だから、老松のデザインについて小林直人さんと相談しているときに私はすでに能舞台の仕上がりをすり足で確かめているときの身体的快楽を先取りしているのである。
この快楽はいくら「先取り」しても目減りすることがない。
ただその快楽を享受するためには、「私の夢」が実現することを信じている人が「私以外」に存在しなければならない。
夢をもつことは誰にでもできるが、夢の快楽を享受することが限定的なものに止まるのはそのためである。

なるほど。
実は最近私、ちょっと疲れ気味だったんです。
人が私のことをどう見ているかはわからないのですが、私の自己評価では、私は結構、地味に、手堅く生きる方だと思っています。でも実は、それに同意してくれる人は少なく(汗)。そうですよね、大学院の博士課程までいって、アジールみたいな「学校」を開いて。好きなことしかやってないですよね。ははは。
でもまあ、そういうことをやりつつも、結構現実を考えて生きている方なので、自分では、手堅く生きていると思っているのです。

そこで、「夢」なのですが。
私には、まあ、結構大きな「夢」があります。
幸い、「私の夢」が実現することを信じてくれている人が、「私以外」にも存在しています。
私の生活は、本当にめちゃくちゃ忙しいのではありますが、そういえば、そんなにストレスは感じずにやっておれて、自分の人生の中でも、こんなに幸せな時期はなかったのでは、と思うくらいに幸せな感覚を持っています。
それはきっと、「幸福に至る経路」をたどるというプロセスを経ている最中なのだからだ、ということが、今、わかりました。
だから私は、こんなにも忙しくても、経済的なリターンはなくても、幸福を感じているのでしょうね、きっと。
そして、「夢の快楽」を享受するために、あらゆるものを「つぎ込んで」いるように思うのです。
「夢の快楽」を享受するためには、多少、身体的にきつくても、耐えてしまうものなのです。
納得。

ただ、内田さんのブログを読んでいてちょっとだけ、やばいっと思いました。
それは、「お金」のことです。
私は、そこまで具体的にお金の計算をしているわけではないのですが、それでも、夢の実現のためにはお金が必要だと思い、そのための仕事もしています。
もちろん、それも必要なことなのですが。
ただ、それをうまく進めるための話の方が、「夢の快楽」を享受するための話よりも最近は、比重が増えてきているように思うのです。
最近の消耗感の原因は、これなのかもしれません。
そう思うと、このまんまでいいのかなあ、と悩まないわけでもありません。
でもまあ、適度なものは必要ですから。
そこを見誤らないように仕事をしていきたいと思うのです。

まあ、そういうわけですから、「妄想大学」は、やっぱり、最高の「快楽」だったんですよ。きっと。


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2007年5月 3日 (木)

会社・論。

アジール内の「引越し」が続いたもので、ろくにPCにアクセスもせずにいましたが、やっと、机の上があいたので、アクセスして、内田樹さんのブログを読みました。
やっぱり、いいですねえ~。いつも思うのですが、内田さんのブログ記事は、本当にタイムリーな形で、私の今の生活に関わってくるのです。

「「株式会社という病」を読む」というエントリですが。内田さんのご親友の平川さんについての記事です。

>彼は心のどこかであの労働者たちを「安定した格差」の中に取り残して「国際派ビジネスマン」になってしまった>自分自身に「疚しさ」を感じている。
>もちろん、彼は少しも「疚しいこと」などしてはいない。
>けれども、「疚しさ」を感じることは止められない。
>だから、この本で彼はグローバリズムの時代の経営者の視野狭窄を論難し、「未来はバラ色」的なビジネス進化論を一蹴するけれど、「逝きし日の労働者の生活倫理へ還れ」というような対案を提示することはしない。
>そんなことは彼にはできない。
>問題はもっと複雑なのだ。

私の誤読があるかもしれませんが、この部分、私自身にも重ねて読めてしまうのです。
私は、町工場出身ではありませんが、階層的にはそれほど高くない家の出身です。だから、「安定した格差」というのがよくわかるのです。
にもかかわらず私は、平川さんのように周囲から期待されて、というわけではありませんが、大学院にまで進み、自分の親族の多くとは全く異なる生活をしています。どちらの生活の方が良いのか、もちろんその優劣はつけられないのですが、私自身も、「逝きし日の労働者の生活倫理へ還れ」と言うことはできないのです。
その意味で、こういう世界を自らのこととして体験されていない「研究者」の皆様が、労働者、農民、漁民、等々の文化に言及されるときに、どうしても落ち着かない気分になってしまうのです。
こういう階層の悲哀をご存知ですか、と。

それからもう一つ。
今、「零細企業」を経営している者として、私たちが作る会社のイメージをめぐって。
内田さんのブログはこう続いています。

>それは「町工場のおやじ」的なスタンスがどれほどビジネスシーンで有効であるかを、文字通り身体を張って論証しようとしていたことにある。
>ぼくたちの作った会社には間違いなく濃密に「町工場」的雰囲気が漂っていた。
>ぼくたちは「精度の高い廉価な商品」をてきぱきと提供することで大企業のシステムの末端にビルトインされていたけれど、生活上の慰安は売り上げの増加や賃金の上昇以外のところにあった。
>ぼくたちは革ジャンにバイクで商品のデリバリーにでかけ、終業後には連れ立って映画やコンサートに行き、休日には多摩川で野球をしたり、ツーリングに行ったり、麻雀をした。
>会社というのは、休み時間に人々が「ピンポンで歓声を上げる」ような場所でなければならない、というのがヒラカワ社長の変わることのない信念であった。
>けれども、「町工場」的エートスは会社がある程度の規模になり、ある程度の売り上げに達すると、いつのまにか消えた。
>一流大学を出て、一流のキャリアをもつ人々が入ってきて、てきぱきと仕事を片付けて、売り上げを立てて、シビアな人事考課をしているうちに会社は誰も「歓声」を上げない場所になった。
>それはぼくも見てきたからよく知っている。
>平川君は自分の作った会社が「歓声の上がらない場所」になると、急速に「やる気」をなくして、新しい会社を興して、そこに「理想の町工場」を実現しようとして・・・ということをこれまでに何度か繰り返してきた。
>それは「何度か繰り返した」という歴史的事実が示すように、成功することの困難な企てであった。
>この本を書くことに彼が困難を感じたのは、そのせいだろうとぼくは思う。
>彼は「平川精密的なもの」が国際的なスケールのビジネスにおいても汎通的に実現可能であることをこれまでも望んできたし、たぶんこれからもそれは変わらないだろう。
>それがどれほどむずかしいことか彼はもちろん熟知している。
>ぼくがこの本には「パセティック」なところがある、と書いたのはそういう意味である。

私も、「歓声の上がる場所」として、「会社」を作っていきたい、と思うのです。
でもそれは、ヒラカワさんでも困難な企てであるくらいですから、私にとっても、本当に難しいのです。
それでも、私も繰り返していきたいと思うのです。

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2007年4月11日 (水)

答えの無い問い。

どんなに忙しくてもチェックだけはしている内田樹さんのブログ(笑)を今日はご紹介します。
「学ぶ」ということの根本を考えさせてくれるものですから。

「学ぶ」ということは、どういうことなのでしょうか。
「タイ・カッブの最高打率は?」「0.420」
「ニール・ヤング、ジム・キャリー、マイク・マイヤーズ。共通点は?」「カナダ人」
といった一問一答をすることが学びなのではないと思います。

「しかし、実際に人生の岐路でそういうクイズ形式の問いを差し向けられるということは起こらない。
実際に人生の岐路(めいたところ)で私たちが遭遇するのは「答えがもともとない問い」と「答えがまだ知られていない問い」だけである」と内田樹さんは書かれています。

「答えがまだ知られていない問い」に対して、内田さんはこのように書かれています。

もうひとつ、私たちが遭遇するものとして「答えがまだ知られていない問い」がある。
問いを差し向ける人もその問いの答えを知らないし、その答えを相手からいますぐ即答されるとも期待していない。
「愛って、何かしら?」
「大人になるって、どういうことなんだろう?」
「この子が大きくなるころには世界は平和になってるかしら?」
というような問いは即答を求めて発されるわけではない。
そういう問いに対しては、「さあ、どうなんだろうね?」と少し傾けた笑顔を向けてから、ふたりで朝日(夕日でも可)に向かって眩しそうに瞬きするのが長者の風儀である。
これは、「答えをふたりでいっしょに探そうね」というのが「答え」であるような問いだからである。
ことほどさように、われわれが実生活で遭遇する問いは一問一答形式で記憶することができるほど単純なものではないのである。
このゼミでは、このようなさまざまな「答え方がわからない問い」にどのように対応するのかをお教えする。
諸君が私に問いを向ける。
私がそれにお答えする。
私ども大学教師はあらゆる問いに即答することができる。
その答えを知らない問いについても、そのような問いが存在することが知られていない問いにさえ即答することができる。
なぜ、そんなことができるのか?
知識があるからではないよ。
だって、「答えを知らない問い」にだって答えちゃうのだから、知識に依拠することはできぬ。
では、何に依拠するのか?
その答えを諸君は二年間私に就いて学ぶのである。
健闘を祈る。

まだまだ私は若輩者ですから、即答できない問いもたくさんです。
ただ、ちょっとばかり子どもたちよりも長く人生を歩んできて、ペーパーテストは答えがあっても、人生の岐路(めいたところ)での答えのわからなさは痛感しています。
人生の岐路(めいたところ)で選択に悩んだら、どうするか?
現段階の私の結論では、どちらを選んでも、たいしたことはない、です。
あらまあ、そんなにいい加減なの? と思われた方も多いと思います。でも、それが実感なのです。
そのときの選択が、正しいものだあったのかどうかは、その後の人生が決めることだと思います。「成功」すれば、良い選択だったと思うはずですから。

内田樹さんのブログは、なぜかいつも、私にはタイムリーなのです。
最近、私自身、「答えのない問い」で悩まされていました。選択が複雑な分、本当に決めかねてしまって。
でも、どちらにころんでも大差は無いんですよね。

私の場合は、非常に受身で、積極的に自分で選択をする場面が少ないです。私を知っている人は、そうは思われないかもしれないのですが、でも実は、そうなんです。
で、結局、いろいろな状況から、それを選択しなければならないような状態になっています。優柔不断をしているから、選択肢が減ってしまったでしょ、という部分もあるのでしょうが、でも実は、自分でちゃんと選択をして、そのような状態に自分をさせているのだろうと思うのです。
たぶん、ね。
人生の岐路(めいたところ)での選択というのは、そういうものなんじゃないかな。

あらまあ、最初の書き始めから、ずいぶんと話が離れてしまいましたね。
こういうことが、書くことの本質だと思いますよ。
序論・結論を一貫するように書くという小論文のルールからは、大きくはずれていますが(汗

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2007年4月 1日 (日)

続・自己評価。

自己評価のことを書いたら、また身近で自己評価のことが話題になりました。おそらく、私のブログをお読みになっていない方からです。う~ん、こういう偶然が私の周りには多いらしい(汗
その方と話していたら、私の評価は、前に私が言われた評価とほとんど同じだそうなのです。これでまた、ため息。こんなに自分の評価と合わない評価が、続くとはね。
う~ん。
まあ、性格というのは関係性で変わるものですから、きっと、そういうものなんでしょ。

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2007年3月31日 (土)

久々の知人。

珍しく、夜の時間がぱっと空いたので、昔、とてもお世話になった方にお会いしました。っていうか、私ってばとても失礼な奴で、昼間突然、「今晩、空いてますか?」とお電話をし、夜、お会いしに行った、というわけです。
とても素敵なお店にご案内いただき、楽しい時間を過ごすことができました。
それにしても、Sさんの知識、というか、知的な関心の持ちようはすごいです。本当にいろいろなことをご存知だし、常にアンテナを張ってらっしゃいます。そういえば、定期的にSさんとお会いしていた頃は、私もそれにつられて、ものすごい勢いで知識を吸収していたように思うのです。
そういう意味では、Sさんとのそういう場を再開したいなあと思います。
私の時間がもうちょっとあいたら、Sさん、ぜひ、お願いしますね。
そういえば、本当にアジールにはSさんが多いですねえ(笑

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2007年3月24日 (土)

銭湯。

 このところめちゃ忙しくて、とても往復1時間の自宅に戻る時間がなく、アジールに泊まる日々が続いています(泣)。え、あんなとこで寝てるの? と皆にけげんそうな顔で見られてしまいそうですが、仕方ないんですよ、本当に。仕事がひと段落するのが3時、4時。翌日は9時から授業。これで自宅に帰ったら、翌日遅刻しそうで(泣)。
 そこで大活躍するのが、銭湯! 私、昔、お風呂無しのアパートに住んでいましたから、銭湯には慣れっこなのです。
 やっぱり、大きなお風呂で足を伸ばすと、それだけでもほっとします。というのは、今の私の自宅には、シャワーしかないのです。これもひどい話です。でもまあ、仕方ありませんけど。
 そういうわけで、今日も銭湯に行って、これからもう一仕事です。早く終わったら、自宅に戻れるといいなあ。

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2007年3月23日 (金)

プチ引越し。

 またまたプチ引越しをしました。今度は国立を引き払って完全に小平へ。ああ、これで片道5分の通勤時間が30分に。往復1時間ですよ。1日は24時間しかないのに。その時間があったら、本を読みたい、寝たい! のに。やっぱり、国立に前面引越しをしてこようかなあ。「時間」が一番大切ですからねえ。
 うん、寝たいなあと思うのではありますが、この2日で本を2冊読みました。学術書では無くって、軽い、電車の中で読めるような本ではありますが。でもまあ、どんなに時間が無くったって、時間を作り出して、勉強しなくっちゃ、と痛切に感じる日々です。
 さてこれから、土曜日の講義の準備です。

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2007年3月22日 (木)

大失敗!

大失敗をしてしまいました。とはいっても、ある意味、「実害」はそれほど無いのですが、私的には許せない、というか。まあ、これだけ過密なスケジュールで動いているのだから、やむをえないといえないこともないのですが、でもなんか、自分が許せないのであります。ああ、反省(涙)。

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2007年3月19日 (月)

帰省。

本当に忙しい一日でした。
朝の7時過ぎに家を出て、電車とバスを乗り継いで帰省。伯母に会わなくちゃ、と。
お線香を上げてきました。
その後、祖母に会って、祖父のお線香を上げて、病院に入院している伯父に会って。
祖母も伯父も、別れるときに、本当に寂しいそうな表情をされるのです。それを見ると、私まで悲しくなってきます。
今度はいつ会えるかな。
ごめんなさい、おばあちゃん、おじさん。

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2007年3月17日 (土)

伯母が亡くなった。

 超個人的な日記でごめんなさい。
 本日、伯母が亡くなったという連絡が入りました。水曜日に脳梗塞で倒れたという連絡があり、延命措置はしないとのことでしたから、この日が来ることは予想していましたが、いざ、迎えてしまうと、なんとも言えない感情でいっぱいです。
 この伯母に対する感情は、複雑なものがあります。
 いつまでも元気でいそうな方だっただけに、信じられないのです。

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2007年3月 8日 (木)

腰痛とK田先生。

 なんか、最近、病気ネタばっかり(汗)。ほんと、最悪な体調だったんですよ。
 でも、私の腰痛は、「椎間板ヘルニア」と原因ははっきりしているし、ただ腰が痛いだけなので、後は至って元気なんですよね。だから、電話なんかで話しても「元気そう」なので、誰も同情してくれない(涙)。でも本当は、かなり深刻なんですよ!
 だって、腰がばりばりに硬直している感じなので、猫背で座っていたら、まっすぐ立てないんですから!! 猫背のまま身体が硬直しているような感じなのです。

 この腰痛とは長いお付き合いなのですが、これが再発する度に思い出すのは、K田先生です。
 そもそも私の腰痛の始まりは、ブラジルに行ったときからでした。長時間の飛行機、そして、国内の移動も長距離のバスだったりしたもので、そこで同じ姿勢を維持していたからだと思うんですよね。
 初めてブラジルに行ったのが修士2年のとき。帰国してすぐに、修士論文の執筆。それでまた、一日中、机に向かう生活が始まりました。書いたり読んだりというのは本当に集中する仕事なもので、私などは、気がついたらもう夕方で、朝から、何も飲まず、トイレにも立たず、ずっと机に向かっているなんていう生活をしていたんですよ。
 それでまた、同じ姿勢が続き……。
 まあ、これだけ身体に負担な生活をしていたら、椎間板ヘルニアにもなりますよね。
 くしゃみをしても背中が痛くなり、靴下も履けず、寝返りもうてなくなり……。焦って病院に行ったら、見事に椎間板が変形。
 お医者さんには、とにかく体重を落とすこと(はあ)、それと、背筋・腹筋をつけることを言われました。

 さて。
 このことを指導教官のお一人のK田先生にお話ししたところ、K田先生、にこやかに微笑んで、「あなたも研究者病になりましたねえ」と。おめでとうと祝福してくださるような微笑でありました。
 K田先生とは、実はあまりご縁が無かったのではありますが、今思うと、私のことをある面においては評価をしてくださっていて、本当はもっともっと、私の方が近づいていけば、いろいろなことを学べたのではないかと後悔をしているのです。
 というのは、K田先生は、50代で突然、お亡くなりになったものですから。
 最後にK田先生にお会いしたときは、私の博士課程単位取得が認められた教授会の後でした。突然ばったり廊下でお会いしたのですが、そのときも、実ににこやかな微笑みで、私の単位取得を祝福してくださいました。あのときの微笑み、励ましは忘れられません。研究の中身は、私がK田先生のもとで学んでいた頃と変わっていたのですが、かわらずに祝福してくださったと思うのです。

 そういえば、初めて学会発表をしたときの司会もK田先生でした。K田先生は、だめなものはだめとはっきりおっしゃる方です。なので、私もずいぶん、評価の低い仕事もあったのですが、その発表のときは、本当に、ほめてくださったんですよね。先生は絶対にへんなお世辞を使われない方だからこそ、そのときは本当にうれしかったのです。評価の低い仕事のときも、そうでないときも、私自身の評価と重なっていましたし。
 学会発表の後、K田先生のお言葉がうれしかったもので、上機嫌でもう一人の教官と会ったところ、「初めての学会発表の後で、そんなに落ち着いているなんて、すごいことですよ」なんてことを言われたことを思い出します。
 そういう意味では、K田先生は、私の節目節目にいらした方だったと思うのです。K田先生は、おそらく、教育学なんかは学ばれた方ではないと思うのですが、今、私の中では、大きな存在の先生として生きています。もっともっと時間があって、近づいていけていたら。悔しいです。

 K田先生が、今の私を見たらどう思われるでしょうか。
 天国で先生に、恥ずかしい報告をしなくてすむように、今の仕事にしっかりと取り組んでいきたいと思うのです。
 だから今でも、私の中で生きていらっしゃるし、対話をしています。


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2007年3月 7日 (水)

ヴォーリズの建物。

 あらあら。
 ニフティのココログは「未来日記」が書けるもので、この前、結構一気に「未来日記」を書いておいたので、「毎日更新!」は大丈夫だと思って高をくくっていたのですが、あらまあ、いつのまにか、それが終わってしまっていました(汗)。ごめんなさい。
 本当にこの一週間、忙しい毎日でした(涙)。朝の7時には家を出て、12時に家に帰る生活。なんか、すさまじいですよね。
 この間、「研修」でいろんな講義を聴いていたのですが、何が困ったって、そこの建物なんです。新築のきれいな建物だったので、気分的には良さ気だったのです。でも、たぶん、化学物質が出ている感じ。
 実は私、化学物質過敏症(シックハウス症候群)なので、こういう新築の建物って苦手なんですよね。
 あ~あ。
 なんかさあ、ちゃんとした建物をつくってほしい。ヴォーリズの設計みたいな、ずうっと後の使用者のことを考えて。

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2007年3月 6日 (火)

「存在するとは別の仕方で」

 実は私は、研究的には「霞」を食うような探究をしたいと思っている人間です。
 教育実践に非常に近いところにいるものですから、研究者の中では、教育実践といえば私、みたいなイメージを持たれている方も少なくないと思うのですが、本当は、そうでもないんですよね。
 私自身は、教育実践に対して、実践への敬意を抱くがゆえに、それを研究の対象にしたくないという気持ちが強いのです。
 このこともどこかで時間を取って書きたいことではあるのですが、また「別の話」になってしまいますから、今日はやめておきましょう。

 数年前、大学院受験の指導した学生さんの、私の指導に対する感想を、ばったり偶然、今日、目にしました。アジールではない、外の学校で教えた学生さんなのですが、その学生さんの感想は、私の固有名詞が入った感想であったにもかかわらず、私に伝えられることはなく、数年間、そしてもし、私が今日、偶然目にすることがなければ、一生、知ることがなかったものだったはずです。
 彼を指導してから、時間が経ってしまっていますし、もう彼は、私の学生としては「存在」していないわけですが、彼の1枚の感想を読んで、彼はここに「存在」している、と感じてしまいました。
 それはちょうど、レヴィナスが「存在するとは別の仕方で」として表現したかったような感覚に近いのではないでしょうか。
 私は、「霞」の研究として、レヴィナスの世界をちょっとでも知りたい、と思っている人間です。
 自分が一番辛かったとき、支えにしていたものの一つが、レヴィナスでしたし。

 彼の感想を、何度も読み返しました。
 私としては、本当に十分なことをしてあげられなかったのではないかと思うことが多い学生さんでした。でも、ご本人に力があったから、大学院に合格できたのではないかと思っています。そう思って、申し訳ない気持ちが多い方だったのです。私の中には、そういう後ろめたさがあった方だったのです。

 けれども彼は、私の指導に満足してくださっているようでしたし、私の講義やその運営についても、肯定的なコメントをくださっていました。そして、彼と学んだ数ヶ月のことをリアルに思い出しました。そして今、彼が「存在」している、と思ったのです。

 バルトの「読者の誕生」や、ラカンの師弟論ではありませんが。
 教師や作家が意識して送ろうとしているメッセージ以上のことを、弟子や読者は学んでいるのだと思います。
 まさに彼は、そういう学生さんだったのではないでしょうか。だから、私が与えたもの以上のものを学んでいかれたのだと思います。
 私自身も、一人の学び手として、彼のような学びをしたいともちろん思います。

 この私の記事を彼が読んだら、「そんなにおおげさなものじゃないから」と言うと思います。でも、いいじゃないですか。私も、君が与えたこと以上の「読み」をしようと思っているんですよ。そういう「誤読」があってもいいじゃないですか。
 それにきっと、私が彼のメモを、今日のこんな偶然がなければ、おそらく一生目にしなかったように、彼もこの記事を読むことは、ないでしょうから。

 こんな「誤読」の力。
 そういう学びができるような力をアジールの生徒さんにはつけてほしいと思います。
 そのために私は教師として、できる限りの努力をしていきたいと思っています。

 ありがとう。○君。
 君の数年前の「メモ」が、今の私に暖かい気持ちを持たせてくれました。

 さて。
 レヴィナス、バルト、ラカンときましたから、Teteさん、ぜひ、コメントを(笑)。

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2007年3月 1日 (木)

他者への欲望。

例によって、スパムコメントのために、いただいたコメントが、下の方にいってしまいます(涙)。
先日、アジールに初めておいでくださったぽてたさんから、以下のようなコメントをいただきました。

印象は良かったですよ。
今までは謎だった先生の一面を
垣間見ることができました。(笑)

興味ある他者が何を考え、何をしたいのか、
少しでも分かることっていいですね。
なんとなく納得できました。

ははは。良かったです。
私などは、欲望を喚起されるような者でもないかと思いますが。
まあ、こんなことをしていたわけですよ。

アジールの仕事は本当に面白い仕事です。
アジールを始めてから、私の睡眠時間は、今までの半分程度で、まあ確かに、身体がきついといえばそうなのかもしれませんが、でも、ストレスは全くありません。でもまあ、私と一緒に仕事をしている方は、なにせこんな私がトップですからねえ、ストレスがたくさんなのかもしれませんが(汗)。
そういうわけで、私自身は、毎日をとても楽しく過ごしています。

まあ、分裂しているところもありますが、ご批判も含めて、いろいろ感想をお聞かせくださいね。

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2007年2月13日 (火)

そ、そうかな~。

 昨日、おとといと「人生の岐路」を書きましたけど、その内容を、ネットをほとんど見ない友人に話したら、「先生も、そんな言えるんですか。あんなに悩んでいたじゃないですか」みたいなことを言われてしまいました。そ、そうかな~。確かにまあ、悩んでいたかもしれないけれど、でもやっぱり、悩んで合理的に出された決断には従わなかったわけだし、やっぱり、勢いだけで選択しているように思うんだけど。その知人も、私の「勢い」については、多少は(?)、同意してくださいましたが。

 どーでもいいことですが、知人と、例えば私の親なんかとでは、私の評価が、全く違うのです。いったいどうしてでしょうかねえ。そんなに態度を変えているつもりはないのですが。

 でも私は、相手との関係性が最も心地よくなるように表現することが、もう身体に染み付いてしまっていますから、態度が違っているのかもしれません。

 そういえば、心理学の授業を受けていたときに、こんなことを先生が言われていたのを思い出します。

 人間の性格というのは、固定されたものではない。集団の中で変わるものだ、と。

 つまり、例えば、強烈なリーダシップを取るという固定した個性を持った人がいるわけではなくて、その集団の中で、位置関係によって、リーダシップを取るようになったり、またそうではない別の役割を取るようになる、ということです。

 私はこういう性格観に納得しますね。

 人間の性格だって、関係性の中で決まってくると思うんですよ。

 まあ、そういうわけで、きっと私は、相当人によって、態度を変えているんでしょうね。ははは。

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2007年2月12日 (月)

人生の岐路2

 昨日、若い方への「お説教」を書いたので、そのついでに(汗)。

 私が最近痛感していることは、人生の選択というのは、それほど決定的では無いということです。

 昨日、引用してきた内田さんのブログにもありましたけれど、人間は「ベストの選択」をするものではないんですよ。

 だから、そのミスが最小限になるように、リスクを分散させておく。

 また、もう一つ。

 そのときの自分の選択が正しかったかどうかは、その後の自分の人生が決めることだと思うのです。

 仕事をやめて教師になろうと思って、大学院に進学し、教師になって良い仕事ができれば、「あのとき、仕事をやめてよかった」と思うことでしょうし、逆に、教師になれなかったら、「あのとき、仕事をやめなければ……」と思うことでしょう。

 人生って、そんなものでしょ。

 ある一時期に、自分にとって最悪の状態が続いたとしても、そのことも、自分の人生には必要なことだったんだ、と思えるようなときも来るものです。

 それだけ可能性に開かれているものだと思うんですよ。

 やっぱり私って、楽天的すぎるのかなあ??

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2007年2月11日 (日)

人生の岐路。

 こういう仕事をしていると、学生さんや元・学生さんから相談を受けることが少なくありません。本当に皆さん、ものすごく悩まれています。
 私自身も悩んだ経験というのは、まあ、皆さんよりは年を取っていますからね、無いわけでもありません。
 ただ、こうやって振替ってみると、自分の人生の岐路に立ち、その後、自分にとって決定的に大切になった選択をしたときというのは、不思議とそれほど、悩んでいなかったような気がしてきます。
 まあ、喉もと過ぎれば~ ということで、すっかり私が、忘れてしまっているのかもしれませんが。
 でもそうなんですよ。
 確かに、自分自身がものすごく悩んだこともちゃんと覚えています。
 でも、そうやって長く悩んでいたことって、悩んだままで現状維持、っていうことが多かったような気がします。たぶん。
 逆に、自分の転機になるような大きな選択っていうのは、不思議なほどに、悩まないで決めてしまって、スタートさせ、まあそれなりに、うまくいっているんですよ。
 確かこれは、内田樹さんもどこかで書かれていると思うのですが、あまり悩まないで選択した方がいいよ、と。悩むとそれだけ、決定に時間をかけているから、うまくいかなかった場合の消耗感が多いから、と。
 そう思って、内田さんの過去のブログを検索してみました。ちゃんと見つかってしまう自分が恐ろしい……

2006年10月19日
会議を短くする方法について

(略)

いずれにせよ、私は会議に長い時間をかけることが「正しい選択」を導出する上で有用であるとは考えない。
人間は非常にしばしば熟慮の果てに、「これこそが正解だ」という深い確信に領されて、誤った選択をするということを私は経験的に知っているからである。
会議で長時間議論しても、短時間の議論でも、正解を逸する確率には残念ながらほとんど差がない。
むしろ、長時間議論して誤った結論を得た場合の方がそのあとの被害は大きい。
というのは、あまりに熟慮し、眦を決して、かつ満場一致で採決などしてしまうと、それがあきらかに間違った選択であることが事後的にわかっても、なかなか訂正ができないからである。
すぐに訂正すれば傷が浅くて済むのに、誤りを認めると「面子がつぶれる」という人が多いと、補正の必要がわかっていながら、補正ができない。
そのままどんどん被害が拡大する。
これがいちばん困る。
それくらいなら、即断即決で「あらよっと」で決めた方がずっとましである。
深く考えないで下された決断については、その撤回と補正についての抵抗が少ないからである。
「誰だよ、こんなバカな提案をしたのは」
「ウチダさん、あんたですよ」
「・・・」
というような展開になると誤謬の補正は一秒で済むのである。
だから、ものを決めるときにたいせつなのは、「ベストの選択をする」ことではない。
お若い方にはぜひこのことをお覚え願いたい。
「人間はしばしば誤った選択をする」という可能性を織り込んでおいて、「誤った選択」がもたらすネガティヴな影響を最小化する道筋をつけておくことの方が「絶えずベストの選択をし続ける」ことよりもずっとずっと重要なのである。
このことを理解している組織人はきわめて、哀しいほど少ないけれど。

 そう思うんですよ、本当に。

 自分がぱっとこれだ! と思ったことは、自分の知的なレベルではなくて、身体のレベルで判断しているのだと思います。そしてそれは、自分の脳で考えたことよりも、当たっているものなのですよ。

 だからかな、ぱっと感じたこと、判断したことをその後やっていて、私自身、あまり後悔をしたことが無いのです。

 とここまで書いて、身近な知人や親に言われたことを思い出します。

 「あなたぐらい、意志が強くて、自分の好きなことしかやってきていない人はいないから」

 そ、そうかな……(汗)。

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2007年2月 9日 (金)

髪の毛。

 なんか急に思い立って、髪の毛を切りに行きました。前髪がうっとおしいなあと思っていたもので。
 もともと私は、超ど近眼なもので、めがねをはずすとほとんど見えないんです。なので、自分の髪がどのように切られているか、途中はほとんど見えていないんですよね。
 そんなんに加えて、最近、とにかく忙しいですからね、睡眠時間も短いし、だいたい、何もしないで30分も座っていられることなんて、日常的にはまず無いですから、うつらうつら、眠ってしまったんですよね……
 そうしたら!
 自分ではあまりにも予想できないような髪形になってしまっていて、もう私は、びっくりです。
 ああ、しばらくは、誰にも会いたくない……(涙)。
 本当に悲惨なんですよ~。
 もう絶対、美容院では寝ないぞ!
 

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2007年2月 7日 (水)

確定申告。

 確定申告の季節です。毎年のことですが、収支決算の計算は面倒だし、こんなに税金を支払っているんだと思うと、がくんと感じる季節でもあります。はあ。まあ私は、さすがに、税金を払うために定期預金を解約しなければならない、というところまではいっていませんが、それでも、ねえ。
 でもまあ、こういうのは、えいやっと、かさぶたをはがすみたいにやってしまうに限ります。
 昨晩、だいたいの書類は作り終えたので、後は受付日を待つだけです。
 今回、作業をして思いました。結構面倒な作業なんですよね。「餅は餅屋」ですからねえ、今年は税理士さんを探さなくちゃなあ。いい方、いらっしゃいませんかねえ。

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2007年2月 6日 (火)

Kさんのどら焼き。

 昨晩、夜中の3時過ぎに自宅に戻ったところ、ドアノブに袋が結わえてありました。何かなあと思ってみてみると、お隣のKさんから、お引越しのご挨拶のどら焼きが入っておりました。
 私がこの建物にプチ引越しをしてきてから約4ヶ月。お隣のKさんは、とても明るくてフレンドリーな方なのですが、何分私の時間が無いもので、ろくに話もしないまま、お別れになってしまいました。
 Kさんはニュージーランドからの留学生。本当に明るい方で、私もお友達になりたかったのですが、残念です。それに申し訳ないことをしました。まさかこんな形で、帰国されてしまうとは。
 Kさん、ありがとう。
 またご縁があれば、再会できますよね。
 どうぞお元気で。

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ふんだりけったり(泣)。

 アジールは、駅から徒歩3分の立地ですし、なぜかみんながわくわくしてしまうような「ロフト」があって、またそのロフトが結構広くて高さがあるので、まあ、いいかなこの物件、という感じなのですが、一つだけ欠点があります。

 それは、窓が東向きだということです。

 東向きですから、まあ、午前中は日が射すんですが、午後はまったくだめ。なので、結構寒いんですよね。

 なので、がんがんエアコンをつけ、足元には電気ストーブを置いています。まあこれで、しのいでいたんですよね……。

 この電気ストーブが、どうも壊れてしまったようなのです。

 昨晩、いきなり消えておりました……

 はあ。

 そういえばこの電気ストーブ、何年使ったかわからないくらいの代物です。10年以上前に、知人が引っ越すというのでもらい受けたのですが、その知人もどこかからもらったものらしく……。

 そういえば、Hさん、どうしているかなあ?

 Hさんとはベトナムで知り合いました。船でベトナム等の東南アジアに行ったときに。

 Hさんは工業高校の出身で、私の目の前で次々と電化製品を直されてくださったことがあり、もう、ものすごくびっくりしたことを覚えています。

 今、高校は普通科ばかり。彼のような人って、大切だと思うし、本当に魅力的な方で、ほんと、どこででも生きていける、というような方でしたね。会いたいですねえ。

 もうこの電気ストーブともおさらばかなあ。

 ふんだりけったりと書きましたけど、昨日、夜中、知人と口論に。まあ、収束はしたと思うのですが、なんか、ね。私自身は声を荒げたわけではないのですが、相手がそうなってきて、ちょっとびっくり。ちょっと私も、嫌味を言ったかな。ごめんね。

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2007年2月 2日 (金)

風邪をひいた。

 日曜日の夕方からなんか調子がおかしいなあと思っていたら、かなり本格的に風邪をひいしてしまいました。喉がからっからに乾いて、顔がほてっていて、頭が痛くって、鼻が出て。熱があるかどうかはわからないんですが。
 にもかかわらず、今週と来週は、めちゃくちゃスケジュールがハードな2週間なのです。毎朝7時過ぎには家を出て、帰宅は12時という感じで。う~ん。私はこの2週間を越せるのか??
 ですので、ここ数日、私に会った方は、どうぞ失礼をお許しください。多少、無愛想になっていると思います。ごめんなさい。
 今日は、突然、夜の仕事が1本キャンセルになったので、内田樹さんのブログに行ったら、内田さんも風邪を引かれたとか。先生、どうぞお大事になさってくださいね。
 私の周りでも、思いっきり吐いてしまっている子とか、調子を崩している方が多いです。どうぞ皆さん、お大事になさってくださいね。

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お久しぶりです。

 どうもお久しぶりです。なんか、最近ブログの更新が滞っておりましたら、「どうしたの~?」と何人かの方からメールをいただきました。すみません、ご心配をおかけして。大丈夫です、私は生きてます(笑)。
 ただ、どうしても仕事が忙しくて(泣)。
 いつもの私の生活は、曜日で固定された、極めて単調な日々を送っているのですが、この間、特別な指導が入ったりして、とにかくイレギュラーなことが多いのです。もともとタイトな日程ですから、一箇所動かすと、もう全部が動いてしまう、みたいな。その日程調整にも追われております。ああ、これって本来やらなくてもいい仕事ですよね(泣)。
 今でも、私の小さい小さいキャパでは、自分の能力を超えていると思っているのですが、来年度、純増した仕事が5~7くらいあります。だいたい、この数がアバウトっていうこと自体がヘンではありますが。まだ来年度の仕事で、確定していない部分もあるのです。可能性を全部考えたら、恐ろしくなります~。
 これらの仕事は、一つひとつはきっと私の力でもできると思ったので、その時にはお引き受けしたのではありますが、全部を足してみると、かなりの量。時間がどう取れるかが、一番心配です。本当に私は、自己管理能力が無いです。はあ。
 でもまあ、そんなことを言っていても仕方が無いので、がんばるのみです。
 私のような者でも、仕事をお願いしたいと言ってくださる方がいるというのは、ありがたいじゃないですか。そのお気持ちに応えられるよう、精一杯の仕事をしたいと思います。
 明日は、朝9時からアジールで2コマ授業があります。せっかくのお休みの日にアジールまで通ってくる子どもたちもえらいですよね。本当にいい子たちです。
 さあ、明日もがんばるぞ!

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2007年1月28日 (日)

「実務系」大学院。

 結局金曜日の夜は、朝までアジールにいてしまい、土曜日、ダッシュでシャワーを浴びに自宅に戻り、またダッシュで大学院に行ってきました。
 社会人の方ばかりの大学院で、めちゃ活気があります。それは本当にすごいです。私も学生を教えていますが、ああいう活気がある雰囲気というのはなかなか作れませんからねえ。本当にすごいなあと思います。
 この大学院では、授業毎のMLがあるんですが、そこにがんがんいろいろなメールが流れてきます。皆、PCからメールを打っているようですから、もちろん長文ですし。内容があるメールばかりです。
 また、実務系のメールも、うまくMLが使えていると思います。私なども、相当メールを使う方ですので、自分の所属しているMLで、アポや連絡を試みたことはあるのですが、実際は、なかなかスマートに回ってくれないんですよね。そういう実務のルールを受け止める方がいないと、だめなんですよ。そういう不満というか、そういったものを感じていたものですから、このクラスのMLで、そういった実務系のことがスムーズにいくので、それはめちゃ感激です。MLは、閉じたグループの連絡の徹底にきわめて効果的なツールだと思いますから。
 授業の内容については、「お勉強」という意味では、それなりに面白いです。私にとっては、全く初めての分野ですので。ただ、私は今回、お勉強のために行っているのではないので(お勉強のためだったら、行きたい他の大学院があるし!)、そういう意味では、ちょっと不満が出てきています。
 来ている方々にお伺いすると、自分は社会にいるから、こういった理論的な学習が面白い、とおっしゃっている方も多いようですが……。でも私って、理論的なことだったら、もっと理論に徹底してやりたいと思うし、実務だったら、もっと徹底して仕事に役立つことを教えてほしいなって思ってしまうんですよね。
 う~ん、それって過度な要求でしょうかねえ??
 

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2007年1月27日 (土)

おうちに帰りたい(泣)。

 もう3時近いというのに私はまだアジール。そういえば、昨日(今朝)も寝たのが6時近かったので、今日は早く寝たかったのに、まだ仕事が終わらない(泣)。明日(今日)は、G大学院に勉強に行く日なので、提出レポートを仕上げなくてはならないのです。でも、眠いし、寒いし、それどころじゃない!! お風呂にも入りたいし。
 明日だって、大学院が終わってからは自分の授業があるので、帰ってくるのは12時近く。
 ああ、はやくおうちに帰りたいっ!!

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2007年1月26日 (金)

皆様、ありがとう。

 久しぶりに会った学生さんか、「先生、今日は体調いいみたいですね」と声をかけられました。え? そうなのかしら? と私自身、そんなに自覚をしていなかったもので、意外な表情をしていたのでしょうか、「顔色がいいから」と言われました。
 そういわれてみれば、そうかもしれません。このところ、ちょっと仕事をセーブして、睡眠時間を確保するようにしていましたから。でも、元来貧乏性の私は、こんなに眠っていていいの? と思ってしまったりします。
 それにしても、私などのことをこのように気にかけてくださる方がいるというのは、とてもありがたい気分になります。何も言わなくても、そういうことを感じ取ってくれる他者がいるというのは、なんともありがたい気持ちになります。ありがとう。S君。
 そうそう。私の体力のことを考えて、アジールの近くに住んだ方がいいですよ、と声をかけてくださった方もいました。彼の言葉もうれしかったですねえ。本当にありがたいです。
 そういえば、ごほごほ咳をしていたときにはロイヤルゼリーとプロポリスを子どもに持たせてくださったお母様もいらっしゃいました。
 他にも、たくさんたくさん、思い出します。
 なんかこう考えると、私は本当に、周りの方に恵まれているなあと、改めて思いました。ありがたいですね。
 皆さん、ありがとう。

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2007年1月24日 (水)

「あのとき、あれをやめて良かったね」と。

 今日は、超私的な日記を。

 今日の昼間、ちょこっと時間が空いたので、旧知のとてもお世話になった方に会いにいきました。その方は、もう何年来のお付き合いでしょうかねえ、私の節目節目に、暖かく見守り、励ましてくださった、とても大切な方です。

 この間の私の動き方について、疑問を持たれているようでした。

 確かに、その方のお気持ちもわからないではありません。この間、私は、ある意味で、自分のキャリア(の一部)を捨てるような選択をしたと、結果的にはなっていますから。

 確かにその通りなんですよね。

 もしかしたらあとちょっとだけがんばれば、そのキャリアはいかせたのかもしれません。

 私自身も、迷わなかったわけではないんですよね。

 でも、今、そのキャリアを取り戻すために、元に戻りたくはないのです。

 完全にその道をあきらめたわけではありません。でも、今すぐに、そのために、今のあらゆることを捨てたくないのです。

 私がキャリアの一部を捨てたのは、積極的に選択したというよりは、「結果として」という側面が強いものです。私自身も、「まさか捨てることになるとは」「想定外」と思わないでもないのです。でも、もうそのときには、捨てる、というか、休止せざるをえなかったのです。

 そのとき私は、一つの岐路に立たされたと思うのです。でも、今、その選択で良かったと思っているんですよ、本当に。

 まだまだ、捨てたものに対する「負け惜しみ」の気持ちが無いとは言えません。

 でも、今回の選択が、私にとって「良い」選択であったかどうかは、今後の私の生き方が決定すると思うのです。

 ですから、「あのとき、あれをやめて良かったね」と語れるときが来ると私は思っているんですよ。本気で。

 だからもう少し、見守っていてください。

 そう思ってもらえるよう、全力を尽くします。

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2007年1月20日 (土)

文学の話。

 久々に今日、文学の話をしました。
 もともと私は、文学理論に関心を持つ者ではあるのですが、ここ最近、時間が取れなくて、そちらの学習が進んでいません。本当に残念ではあるのですが、私自身の選択で後景に押しやっているものですから、仕方がありません。
 が、ひょんなご縁で、今日は、大学院で日本文学を専攻されたいという方とお話しすることができました。ここぞとばかり、最近の文学理論、特にテクスト論についてお聞きしました。
 私自身は、ロラン・バルトや佐藤信夫に関心を持っています。まだまだ読みこなせていない部分も多いのですが、それほど的外れでもなかったようです。というのは、私の文学理論は全くのど素人ですから。いつか、系統だてて文学理論を学びたいと思ってはいるのですが。勝手な関心で読みつないでいるものですから、これでいいのかな? と、常に不安なのであります。でもまあ、そんなに外れてもいなかったみたい。ああ、良かった。
 時間は作るものですからねえ。少しずつ、また、読み進めていきたいですねえ。
 私にとっては、教育学を考える上で、文学理論が必然なのです。

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2007年1月16日 (火)

卒業生達からのメール。

 卒業生たちから何通かメールが入ります。2年前の卒業生たちです。

 そうなんです、この時期、修士論文の提出の時期です。

 2年前、大学院に送り出した子たちが、皆、修士論文を書いて、大学院を修了しようとされています。

 本当に早いものですねえ。あの子たちが修士論文を提出ですか。

 無事に修士論文を提出されたということを聞いて、私もほっとしています。

 皆、できあがったものを私にも読んでほしいとおっしゃってくださいます。そういえば、研究計画書は一緒に作ったんですものねえ。できあがったものを読ませていただけるなんて、ありがたいことです。

 皆さん、ご苦労様でした。拝見するのを楽しみにしていますよ。

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2007年1月 4日 (木)

プチ帰省。

 お正月の三が日はアジールでゆっくりと仕事をしていようと思っていたのですが、急な用事で帰省することになって、今、実家から戻ってきました。冬期講習を持つようになって以来、お正月に帰省するのは久しぶりです。アジールには、仕事が忙しくて帰省できないスタッフもいます。それを思うと、ちょっと申し訳ないような気持ちになります。
 まあ今回の私の帰省も仕事が優先なので、用事のある3日だけ、日帰りで、と思っていたのですが、なんだかんだ親に説得され(汗)、2日の夜中12時過ぎに帰ってきました。東京駅から高速バスが出ているので、めちゃ便利なのです。
 実は、元市会議員さんと会うことになりまして。私が4日以降、仕事が入っている旨を申し上げると、3日にお会いするということで、お時間を割いてくださったのです。感謝です。アジールの今後の展開を考えると、ぜひともお会いしておきたい方でしたので。
 とてもさわやかで、お若いのに、しっかりとしたお考えをお持ちの方でした。私もがんばらなくちゃ、と励まされます。コーディネイトしてくださったYさんも含めて、御礼申し上げます。

 めったに帰省しないものですから、こういうときにはと思い、祖父の仏壇にお線香を上げに祖母の家に。一応、ちょっとした東京土産を持参したのですが、その何倍もにあたるお小遣いをいただいてしまいました。「お母さんには言うなよ」と言って私にお小遣いを渡す、しわしわのおばあちゃん。おばあちゃん、私はもう、ちゃんと自活しているんだから。大丈夫なのに。
 今度帰省するときには、またおばあちゃんに何か持っていってあげよう。

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2007年1月 3日 (水)

今年のテーマ。

 なんとなく、私は毎年、その年の「テーマ」というのを決めています。それが必ずしも1月1日に決まるわけではないのですが、なんとなく、テーマが決まってくるのです。
 昨年は、ディセンシーでありました。内田樹さんの言うところのディセンシー、大江健三郎さんも言っています。少し、大江さんの本の中から引用してみましょうか。

 decentというのはある人間の心の態度として、その内面に生きている品の良さということでもあれば、他の人間がかれを見て受けとめる好ましい品の良さということでもあろう。まあその人の、他の人間に対する寛容さをもあらわすだろう。人々と共同の場にいる際の、その場にしっくりしている感じの良さでもあるだろう。(『ゆるやかな家族』講談社、1996年、167頁)

実体としてdecentがあるのではなく、場にふさわしい振る舞いができること、それを含みこんだ品の良さというものを、私はdecentという言葉から想像します。

 内田樹さんは、こんなことをブログに書かれています。

「自分探し」とか「自己決定・自己責任」とか「自分らしく生きる」とかいう頭の悪いワーディングに辟易としてきたからかも知れない。
とにかく、「耳を傾ける」「受け容れる」「敬意を払う」「節度をたもつ」というようなふるまいに知的リソースを優先的に備給する学生たちがちらほらと出現してきたのである。
(略)
「他者へのディセンシー」は生存戦略上もっともすぐれたもののひとつである。

 ここまで私は、実利的には語りませんが、けれども、実利的な尺度で生きている方々に対しては、実利的なものとして、ディセンシーを語ります。そうすることで、ミイラ取りが……ではありませんが、実利的な追求のためにディセンシーを追求し始めた方が、ディセンシーの追求の過程で、実利的なことなんてどうでもいいや、と思うようになったら面白いかな、と思ったりして。内田さん自身も、そういう戦略的な思いもあって書いているんじゃないかしら? と思う節もあります。
 そういうわけで、昨年のテーマは、ディセンシーでした。

 その前年は、「慎み深さ・シャイネス」がテーマでした。
 レヴィナスを強く読みたいと思い(今でも思っていますが)、かじっておりました。

 現前することがこのように慎み深き不在でもあるような〈他人〉、それが〈女性〉である。

との一節が『全体性と無限』の中にあります。
 思い起こせば当時、強く自己主張する方々の中で辟易していました。他者に対して、糾弾をすることが日常になっている世界。糾弾される側になってしまった方々にも事情はあるし、そう思うと、糾弾している方々を見ているのが嫌になってしまったのです。
 そんな形で自己主張をするのではなく、慎み深くいようと決意したのでありました。
 そうはいっても、最初は私だって、「陽の当たる場所」にいたい、という気持ちがなかったわけではありません。その過程で、自分を支えるために、内田樹さんの『レヴィナスと愛の現象学』を何度も読みました。カズヲ君、レヴィナスは私にとって、研究の対象というよりはむしろ、人生の慰めであるんですよ。
 そうやってきつい状態を感受しているときに、かつての知人と再会しました。以前はそれほど深く関わってはいなかったのですが、ある局面で、通じるものを感じ、話してみると、同じ哲学を感じました。表面上は水と油なのに、通じるものがあるように思うのです。私の思い込みかな。

 その前々年(その前年は無し)は、「大人になること」でした。
 クリアーカットな単純な子どもの思考ではなくて、不条理や矛盾を、そのまま受けとめるということ、その中で生きていくということ、そんな大人の思考を自分のものにしたいと思いました。同じく内田樹さんの『寝ながら学べる構造主義』のラカンの部分のこぶとり爺さんの説話の部分がきっかけです。

 こうして振り返ってみると、いかに内田樹さんの影響を受けているか(汗

 今年は、「集中すること」でいってみたいと思います。
 昨年から、私はいつも学生さんにそういうことを言っているのですが、実は、私自身も、それほどうまくできているわけではありません。どんどん仕事が増え、それほどやりたくもない仕事も、いろいろな事情で、切り捨てることができなでいます。これでは仕事は進みません。
 もし、私に、普通の人の1.5倍の能力があったとしても、3つのことをしてしまったら、一つにかけるリソースは、0.5。これでは、一つのことを普通にやっている人の1にはかないません。
 いわんや、私には、そもそも、そんな能力があるとは思えませんから、一つのことに集中するに限るのです。
私の様に能力が無い人だって、一つのことだけをやったら、人並みくらいにはなれるかもしれません。
 そういうわけで、今年は仕事を整理し、一つのテーマに集中し、その中で細分化をして、細かな割れ目を入れていって、質の高い仕事をしようと思います。そのためには、その周辺の仕事は人に任せることが必要になります。
 これでいいですよね。

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2006年9月 1日 (金)

届かない言葉。

 言葉が届かない。
 親にとっての最大たる他者が子どもであるように、自分にとって実に身近な存在である人が「他者」になることは珍しいことではない。
 どんなに身近な存在であったとしても、相手がわかることはないのかもしれない。それは仕方のないことだと思う。
 それでも、少しでもわかりたいと思うから、言葉を届けたいと思うから、コミュニケーションを重ねていく。
 どうか、「あなたにはわかるわけがない」と言わないでほしい。確かにわからないかもしれない。けれど、回路を断つような語り方はしないでほしい。

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