本の紹介・感想

2006年9月 7日 (木)

『ユリイカ』を読む。

9月号の特集が「理想の教科書」だったので、『ユリイカ』を購入して、読む。そして早速、授業のネタに。だいたい、教育学の授業で『ユリイカ』を使うのは、私ぐらいかも(汗)。

私が注目したのは、まずは、「「道徳」よりも「リテラシー」を!--国語教科書は何を教えているのか」と題された、石原千秋と斎藤美奈子の対談。

まあ、石原さんの主張は、前に読んだ『国語教科書の思想』とあまり変わらないかな。国語の教科書の道徳的な面が指摘されています。

国語教科書の思想
石原 千秋著
筑摩書房 (2005.10)

教科書で取り上げられることの多い平和教材、そして最近では環境問題。こういった問題が、社会構造に触れなかったり、批評性を持たないで取り上げられると、最終的には「一人ひとり」の努力すべき問題に還元されて、道徳教育になる、ということですよね。国語の授業では、テクストを批評することは難しいですから。

大学でまず最初に学ぶことは、テクストを批判的に読む、ということです。少なくとも私自身、初めて「本を批判的に読みなさい」と言われたときには、何を言われているのかわからなかったことを思い出します。

大学3年生や大学院受験者を見ていても、なかなか批評性を持って本を読むということがわかりづらいようです。石原さんも書かれていますが、私も、意見の違う評論を読ませることをしています。そして、どの立場で書かれているものであっても、論理構成がしっかりしていて、根拠が明記されているものであれば、すぐれた論文であることを伝えます。

こういう訓練って、あまり高校までの教育ではなされていないようですね。でも、ものすごく大事なことだと思うんですよ。

それから、子どもたちには、「どう思う?」ではなくて、「何が書いてあったの?」と聞く、ということ。これは私も頭が痛いです。つい、反応を知りたくて、「どう思う?」と聞いてしまうんですよね。でも、それでいつも返ってくるのは、「感動した」みたいな定型的な表現ですから。

そうではなくて、ストーリーを聞くこと。これには共感です。

膨大なストーリーの中から、子どもが何を捨てて、何を拾ってきたのか、そこにこそ、彼のオリジナリティがあるわけですからね。それで十分なのだと思います。

最後に、最近の文芸時評には、ストーリーをまとめてから批評するというしきたりが無くなってきたようなことが書かれています。

そういえば、どこで読んだか覚えていないのですが、優れた批評は、もとのテクストを読んでいなくても、十分楽しめるものだ、ということらしいですよね。もとのテクストを読んでいないから批評が読めないのではなくて、読んでいなくてもその批評性が楽しめる、そして、読んでみようかな、と思わせる。そういう批評が書けるようになりたいものです。

そういう意味では、斎藤美奈子の批評は、私は好きですね。『文章読本さん江』『モダンガール論』『妊娠小説』等々、ずいぶん楽しんで読んだものです。

彼女の批評性ももちろんなのですが、文体にも読ませる力があるのだと思います。文体(エクリチュール)の力の大きさを感じます。

こういう批評が書けるようになりたいものです。

それから、谷川俊太郎のインタビューも面白かったです。言語が身体にかかわるものだということ、こういう議論を聞くと、ほっとします。

また、皆が言葉に「意味」を求めすぎることへの危惧。言語の身体性、ですよね。

このあたりはまた稿を改めて。

| | コメント (0) | トラックバック (1)